月経周期にも関連が

3つ目の事例は、関東女子1部リーグの南葛SC WINGSだ。チームを率いる辛島啓珠監督は、現役時代にケガに苦しんだ経験から、ケガを減らすために常に情報をアップデートしている。

「基本的には練習のメニューや強度を決めるのは監督です。女子選手は、体が疲れている時でも監督からの要求やコーチング次第で、それを100%でこなそうとすることがあります。自分の体を一番知っているのは本人ですから、選手自身がセルフコントールすることが大切で、状況によっては『やっているふり』をすることも必要だと思います」

同チームでは、各選手の疲労度や痛みの有無について、Googleフォームで提出してもらう。特にケガが多いオフ明けに、選手個々のコンディションを見ながらケガのリスクに監督がどれだけ配慮できるかが重要だと辛島監督は言う。

そのように、現場で戦う監督やコーチ、関係者たちの貴重な談話や取り組みを一元化し、共有していけるような仕組みづくりが必要ではないだろうか。

最後に、以前取材をしたチェルシー・レディースFC(イングランド)のエマ・ヘイズ監督の事例を紹介したい。

2012年から同チームの監督を務める同氏は、女子選手のACL損傷の原因を追求し、予防のための情報発信に努めてきたパイオニア的存在である。2017年末の来日時に指導者向けに行ったセミナーでは、以下のような研究成果が発表された。

参照記事1
参照記事2

【月経前の4日間が危ない!?】 女子サッカー選手のACL(膝の前十字靭帯)損傷が世界的な問題に。WEリーグ各クラブの取り組みは?_5
チェルシー・レディースFC(イングランド)のエマ・ヘイズ監督
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・たとえば月経周期を28日間で一つのサイクルと考えた時に、最も注意しなければいけないのが月経前の4日間(25日目〜28日目)で、この時期をPMS(月経前症候群)という。この時期には、反応速度の低下や神経と筋肉間の調整力低下、血糖値低下、体のむくみによる関節への負担増、有酸素機能の低下による筋力低下などが見られる=トレーニング負荷を減らすなどの対策が有効

・月経周期の最初の14日間はエストロゲンが高くなり、筋肉の疲労回復に時間がかかる

・28日間の周期の中間(12日目〜17日目あたり)は、脳も心臓も活発に働く時期で、パフォーマンスが高くなる。

・月経の時期にセロトニンが減少するとネガティブ思考になる確率が高まる

・女性は男性に比べて腰から下の脂肪率が高く、遅筋繊維が多いため長い距離を走れる。エネルギー効率を良くするためにプロテインの活用が効果的な場合もある

・28日間の月経周期のうち、12日目〜17日目は脳も心臓も活発に動く時期でパフォーマンスが高くなる

ドイツのスポーツ誌「シュポルトビルト」によると、エマ監督は2020年3月から、アプリで選手の体調や生理の周期を管理し、各選手のトレーニング負荷を調整する仕組みを導入した。トレーニングは全体で行いながら、メニューごとにセッション本数を調整するのだという。こうしたシステムを取り入れるのはハードルが高くとも、監督や選手がそうした知識を持っておくことは、予防に有効だろう。
  
ACLのケガは受傷した本人はもちろん、家族や、チームを支えるサポーターにも大きなショックを与える。ワールドカップイヤーで女子サッカーに注目が集まる今年を一つの機運と捉え、欧州リーグの動向も注視しつつ、WEリーグでも選手を守るための議論が活発化することを期待している。

取材・文/松原渓  写真/AFLO shutterstock