ルールを鵜吞みにせず自分の頭で考える。
それこそが健全な反逆

2021年のデビュー作『元彼の遺言状』がベストセラーとなり、刊行作品が立て続けにドラマ化されるなど、快進撃を続ける新川帆立さん。ミステリーで多くの読者の心を摑んだ新川さんの新作は、「もともと書きたかった」と語るSFです。
舞台は6つの「レイワ」の世界。そこに「架空の法律」が一つずつ設定されていることで、愉快で奇妙でブラックな、6つの“反逆”の物語が幕を開けます。
ずっと抱いてきたという現実世界への違和感。そして、元弁護士で元プロ雀士という経歴を余すところなく発揮したリーガルSF短編集の刊行にあたり、お話を伺いました。

聞き手・構成=砂田明子/撮影=野田若葉(TRON)/ヘアメイク=加藤志穂(PEACE MONKEY)

ルールを鵜呑みにせず自分の頭で考える。それこそが健全な反逆 『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』新川帆立インタビュー_1
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「地球ってヘンなところだなあ」と思って生きてきた

―― 6編から成る本作は、各話に「架空の法律」が設定されています。デビュー以来、法律家の知識と経験を存分に活かしたミステリーを書かれてきた新川さんが、今作では、「SF」を書かれました。きっかけから教えてください。

 小さい頃からファンタジーやSFが好きだったので、もともとはファンタジー作家かSF作家になりたかったんです。でもミステリーでデビューしたので、当面はミステリーを書いていこうと思いつつ、大森望さんのSF創作講座(ゲンロンスクール)に参加して、SFの勉強をしていたんですね。そこにたまたま集英社の編集者さんがいらっしゃっていて、今度、「小説すばる」でゲーム特集をするから、麻雀か囲碁で書きませんか、と声をかけてくださった。私は元プロ雀士でもありますし、高校時代、囲碁の全国大会にも出ています。で、お受けして書いたのが、第六話の「接待麻雀士」です。
 そうしたら今度はその編集者さんが、作品にちょろっと出てくる「架空法律」が面白いから、これをテーマに短編集を書かないかと提案くださった。私自身は全く意識していなかったのですが、確かに面白そうだなと。そうやって出来上がったのが、この短編集です。

―― SFのどんな点に惹かれたのでしょうか?

 子どもの頃から宇宙人ぽいポジションに居ることが多かったんですよ。いじめられていたわけではないんですが、周りから浮いているというか、周囲の人と距離があって、自分の脳みその作りは、他の多くの人たちと違うんだろうなと薄々感じながら育ち、大人になって確信するようになりました。だから、現実世界への違和感みたいなものがずっとあるわけです。地球ってヘンなところだなあという気持ちがあって、その気持ちを明確にくみ取ってくれるのが、私にとって、別世界を描くSFだったんだと思います。

―― 本作はSFといっても遠い未来の話ではなく、「レイワ」を舞台にした作品です。「架空法律」も、「健全な麻雀賭博に関する法律」(第六話)をはじめ、現実にもあるのでは? と思ってしまうような絶妙なものばかり。もう一つの「レイワ」によって、現実の「令和」が鋭く照らされます。

 この作品で描いたのはパラレルワールドです。今の世の中が絶対ではなくて、ほかの社会もありえるんだよ、という含意になればいいなと考えて、6つの「レイワ(礼和・麗和・冷和・隷和・零和・例和)」を考えました。それぞれの「レイ」の漢字は、作品の内容を微妙に反映したり、作品世界を皮肉ったりして付けています。ちなみにタイトルの「令和その他のレイワ」にある「その他の」は、「例示」の意味で使われる法律用語です。

「米を炊く」のは常識ですか?

―― 第一話「動物裁判」は、全ての動物には生まれながらに命としての権利「命権」があり、人権は時代遅れとなった「礼和四年」の世界です。動画配信サイトで人気の猫が、動画配信業務の補助のために雇用されていたボノボを訴え、人間が裁判する物語。どのように生まれましたか?

 これを書いたのは、外国に住んでいる影響が大きいかもしれません。執筆当時暮らしていたアメリカは、日本よりも動物福祉の考え方が進んでいて、例えばスーパーに売っている卵や牛乳に、AとかBとかのグレードが付いているんです。動物たちの生育環境の質に応じたグレードですね。動物をどの程度、社会の一員とみなすかは社会によって全然違うなと思ったし、私は宮崎育ちなので、日本のなかでも、都市部と地方では動物の扱いが違うことを実感していました。では、「全ての命は平等」を突き詰めていったときに、はたして人はその建前に耐えられるのだろうか、と考えたんです。最近「アップデート」とよく言われますよね。

―― はい。意識や価値観をアップデートしなければと。この作品に出てくる男性弁護士も、「動物保護」意識の遅れた人たちに批判的です。

 アップデートはしたほうがいいとは思うんですが、息切れ感が出てくると思うんですよね。また、本当にアップデートできているかはわからないというか難しいというか……、弁護士時代、周りには人権意識が高く、外国人差別や貧困問題に熱心に取り組んでいる一方で、家族や女性に対する価値観は保守的な男性弁護士もいました。そういう人や考え方に対する反撥心も、この短編には込めています。

―― 第二話「自家醸造の女」は、家庭での醸造が奨励されている「麗和六年」の世界。“造酒オンチ”の万里子が酒造りに奮闘します。フェミニズム小説としても読めますね。

 私はあまり料理をしなくて、昔、職場で「サトウのごはん」しか食べない、とポロっと言ったら、周りがすごくヘンな空気になって、びっくりしたんです。謎なんですよね。料理できない女性はダメだ、という圧が強すぎて。私はネイルが好きで、日本にいたときに派手なジェルネイルをしていると、飲み会などのときに、「それだと料理できなそう」とよく言われました。爪が長くても料理はできるし、仮に料理ができなかったとして何が問題なんですか? と問い詰めたくなります。
 それに、家で米を炊くというのは日本の常識かもしれないけど、食における米の比重が低い海外で暮らせば、常識ではなくなるわけです。つまり必然性のない常識を押し付けられる不条理感を、この作品では「お酒」に託して書きました。

―― 当初は〈私、市販のお酒しか飲まないの〉と涼しい顔で言っていた万里子ですが、次第に、自ら“酒造りの呪い”にはまっていきます。この変化はどのように考えられましたか?

 社会の圧力を内面化していくことはよくある上に、とくに現代の女性は複数の、それも矛盾する圧力を受けているんですよね。真っ当に働かねばならないし、身だしなみを綺麗にしていなければならないし、子育てもしなければいけないとか。これらは規範同士が矛盾しているので全てをクリアするのは原理的に不可能ですが、かといって無視し続けるのも精神的に負担が大きく、やらなければいけないことができていないのではないかと、不安感や不全感を抱えている女性は多いと思います。男性に要求される規範はもう少しすっきりしていて、仕事をしていればすべてが許される面がある。それはそれで問題だと思いますが、現実的には、不全感を抱く男性と抱いていない男性と二分されがちです。対して女性は、比較的多くの方が不全感を抱かざるを得ない構造に、今の日本社会がなっていると思うんです。だから主人公も、圧力を撥ね付けるだけでなく、どうしようもなく自己肯定感が下がっていくような方向にも展開させたほうがリアリティがあると考えました。

―― 主人公は意外なところに“出口”を見つけることになります。リアリティがありつつも、どこに着地するのか予想できない、SF小説としての面白さがどの作品にもあります。

 この作品は「禁酒法」が出てきたりと、ある種の歴史改変SFとしても楽しんでもらえると思います。禁酒法を廃止した首相を反米保守の酒蔵の息子とするなど、この作品に限らず小ネタもけっこう仕込んでいるので、見つけてもらえたら嬉しいです(笑)。