ミュージシャンにとって「アニメ」は
魅力的な“コラボ相手”に

CDバブルの崩壊がJ-POPとアニソンの距離感を急速に縮めたとはいえ、現在J-POPサイドのミュージシャンが仕方なくアニソンを手掛けているのかといえば、決してそうではない。そこには次の3つの変化が働いていると考えられる。

1.世代交代によってアニメに親しんでいるミュージシャンや業界人が増えた

2.価値観の変化により、アニメ好きをイメージ的に公言できなかったミュージシャンが解放された

3.アニメクリエイターの認知により、「アニソン=タイアップ」ではなく「コラボレーション」になった


これら全てをひっくるめた象徴的な事例こそが、2007年〜2021年にかけて続いた、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズと宇多田ヒカルのコラボレーションである。

宇多田ヒカルは日本におけるアルバムセールス1位の記録を持ち、名実ともにトップに君臨するミュージシャンであるのはご存知の通り。そんな彼女が「CD不況」を理由に仕方なくアニメに接近するとは考えにくいだろう。

実際、このタッグが実現した背景には、宇多田ヒカルが『エヴァ』ファンであると公言していたことがある。『エヴァ』の庵野秀明総監督はそのことを知っており、新劇場版シリーズ制作当初から主題歌の依頼を念頭に置いていた。ここに“相思相愛”の関係があったわけだ。

宇多田ヒカル『One Last Kiss』

とはいえ、シングル1曲で莫大な金額が動くビジネスである以上、その裏側にはハードワークを伴う交渉や調整があったのは想像に難くない。

実際に当時の裏側が窺える書籍『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 全記録全集』を読む限り、宇多田ヒカル側の事務所やレーベルスタッフに「アニメ」への理解や認知向上がなければ、実現に至らなかった可能性も十分にあったと想像できる。

しかし、結果としては宇多田ヒカルの長期活動休止中にすら特例として新曲「桜流し」が提供され、全シリーズを通しての長大かつ濃密なコラボレーションとなった。

そしてこの『エヴァ』×宇多田ヒカルというトップクラスのタッグによって、アニメカルチャーはさらに市民権を得たと見ることができるだろう。なにしろ新劇場版シリーズ第1作目『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 』は興収20億円、最終作『シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版』は興収102.2億円である。

もちろんミュージシャンや事務所側に与えた影響も少なくないはずだ。宇多田ヒカルという人気・評価ともに最高クラスに位置付けられるアーティストが普段と何ら遜色のない楽曲を提供し、既存ファンもアニメファンもそれを受け入れたとあれば、もはやアニソンとJ-POPの差はどこにあるというのか。

これは妄想に過ぎないが、山下達郎による細田守監督作品『サマーウォーズ』(2009年)への楽曲提供も、『エヴァ』と宇多田ヒカルなしには実現しなかったのではないだろうか?

いずれにせよ、作家同士の交流という点からも、ファン獲得という点からも、アニメ作品とミュージシャンの両者がともに「外部」を得られるのならば、「アニソン」は非常に優れたコラボレーションコンテンツに他ならない。

その実現を目の当たりにできる現代を、本稿では祝福したいと思う。

文/照沼健太