不破聖衣来の走りは「アフリカ勢に近いものがある」
――野口さんが日本記録を樹立した当時は、2001年に高橋尚子さん、2004年に渋井陽子さんと、2時間19分台が立て続けに出ています。そういう意味でも、心理的に2時間20分の壁を感じていなかったのでしょうか?
いえ、壁は高いだろうけど、「やれるだろう」「やるぞ」と思っていました。
――当時と同じように、誰かが2時間20分を切ったら、立て続けにタイムが出そうな気もします。
そうですよね。私のときは、10000mもハーフマラソンも好記録を持っている選手が多く、力が拮抗していました。周りが強い選手ばっかりだったので、いい影響を与え合っていたのかなと。
渋井さんが2時間20分を切ったら、今度は私が塗り替えてやる、みたいにいいライバル意識を持っていました。そんなふうに思えるかどうかですよね。
例えば、もしもですよ。新谷選手がタイムを出したとして、他の選手が「あの人は別格だから」と思ってしまったら、後に続く選手は出てこないでしょうから。
――確かに、新谷選手が東京五輪出場を決めた2020年12月の日本選手権は、ひとりだけ異次元の走りでした。あんな走りを見せられては「別格だから」と思ってしまいかねません。とはいえ、新谷選手や廣中選手をはじめ、トラックでは好選手が続々と出てきている印象はあります。
田中希実選手(豊田自動織機)と不破聖衣来選手(拓殖大)も、マラソンで日本記録を破る選手の候補に入れたいですね。
田中選手は、お母さんがマラソン経験者ですし、お父さんもノウハウを持っています。本人も「中距離からマラソンまで制覇したい」と話しているのを記事で読んだので、マラソンに対しても前向きなんだと思います。
彼女が磨いている「スピード」はマラソンでも武器になりますし、トラックでも誰もやったことがないようなアプローチをしているのでスタミナもあると思うんです。そういうところを見ていても、絶対に面白いと思います。
不破選手のしなやかな走りは、ストライドが広いのに、私の走りのように跳ねていないので、省エネです。ストロークが大きくて、一歩で距離を稼げる。アフリカ勢の走り方に近いものがある。もう少し筋力とスタミナをつけたら、マラソンもいけそうですね。
――カーボンプレートを搭載した厚底レーシングシューズが登場して、男子と同じように女子も高速化が進んでいます。やはりスピードが必要なんですね。
でも、女性は男性よりも筋力的に劣る部分は絶対にあるじゃないですか。だから、ケガをしやすいですし、軸がブレてしまう感じがするので体幹がしっかりしていないといけません。推進力を得られる一方で、ある程度筋力がないと、厚底シューズの機能を活かせられないんじゃないかなと思います。
――そういう意味でも、野口さんは筋力トレーニングにも積極的に取り組んでいましたから、当時、厚底レーシングシューズがあったら、面白かったんじゃないかと想像してしまいます。
そうですね。フィジカルトレーニングをバンバンやっていましたから。厚底があったら「あと2分は速かったんじゃないか」って言われたこともあります。でも、自分ではイメージができないんです。こればかりはわからないですね(笑)。
取材・文/和田悟志
撮影/坂本 陽