大好きな蕎麦とからすみを絡めて味わう
開業した直後の逸品は「鮑の揚げ物」で、添えられた鳴門金時を月、新銀杏と松の葉一つを松の木に見立ててあった。見立ては提供する側と受け取る側のイマジネーションがあってこそ成立する遊び。日本らしい粋な文化だと思う。
私は蕎麦もからすみも大好きだが、こんなふうに絡み合わせて味わったことはなかった。ありそうで、しかし、今までなかった分野の店である。
手がけているのはウェイブズ。食べ歩き好きならピンと来る方も多いだろう。“あの”イチリンハナレを立ち上げた会社だ(現在イチリンハナレは独立して、ウェイブズと業務提携という形をとっている)。
中華のイチリンハナレもまた、同じ鎌倉で瀟酒な日本家屋を蘇らせ、ありそうでなかったスタイルであっという間に人気店となった。
コンセプチュアルな店作りが得意な会社なのだ。
蕎麦屋っぽく通し営業である。アイドルタイムがないので、使い勝手がいい。一人で軽く遅いランチに行ってもいいし、友人といろいろつまみながら飲んで〆に蕎麦という手もある。
その際にはぜひ「うずらの素揚げ」を注文してみて欲しい。半身を丸ごと、ぱりっと素揚げにしたうずら、ありそうでなかなかない。
先日は、みんなでお祖母様のお誕生日をお祝いしている大家族に遭遇した。門の右手には20席のテラス席があり、犬の散歩の途中に立ち寄る人も少なくない。このテラス席のベンチがすばらしい。二枚の桜の木をつなぎ合わせたもので、バーのカウンターであってもおかしくないような重厚なベンチだ。季節のいい時にこのテラス席を貸し切ってみたい。
古い家屋には流れを裏切る要素が似合う
お屋敷らしく茶室もあって、そこでも食事ができる。茶室らしいこじんまりした部屋で茶道具も置いてあったりするのだが、それらを裏切るような鉄のテーブルがインテリアのアクセントになっていておもしろい。茶室の定員は4名だが、それとは別に奥にもう一つ個室があって、こちらは6名まで入れる。
こんな立派なお屋敷ではないけれど、私も築百年近い日本家屋に住んでいるので、参考になる。古い家には、エスニックなものだったりモダンで新しいものだったり、何かしら流れを裏切る要素を作ると雰囲気が出る。
住宅街のど真ん中にあるが、門に掲げられた真っ赤な提灯が目印だ。
写真・文/甘糟りり子
月と松 https://whaves.co.jp/tsukitomatsu/