犬の様子がおかしくなってきたので、旅の予定を大変更
そんなこんなで順調に“犬連れ旅”を楽しんでいたのだが、この頃から少し困ったことが起こっていた。
3日目くらいからその兆候は出ていたが、5日目を過ぎた頃から明らかに、愛犬クウの食欲が落ちていたのだ。
いくら慣れているといっても、犬にとって車移動の旅はストレスも溜まるだろうと思っていたので、ドッグフードはクウが一番好きで、家にいるときなら間違いなくあっという間に平らげるものを持参していた。
最初はそれを喜んで食べていたのだが、徐々に与えても残すようになり、5日目からはほんの一口か二口だけしか食べなくなった。
どこか具合が悪いのかと思ったのだが、散歩に連れ出せば元気よく歩くし、犬用のおやつや僕の食事の切れ端を少しやると、それは喜んで食べる。
車酔いしたとき特有の症状も見られない。
痛いところでもあるのだろうかと全身をくまなくチェックしてみても、撫でられて嬉しいらしくただ気持ちよさそうにしているだけで、不快なところはなさそうだ。
しばらく様子を見るしかないだろうと、そのまま旅を続行したが、食欲は一向に戻らず、8日目にはお気に入りのおやつさえ口にしなくなってしまった。
そしてやたらと甘えん坊になってきて、すぐに僕のひざに乗りたがる。
しまいには遠くを見つめて「ふう」とため息までついている。
薄々気づいていたのだが、これはもう間違いない。
ホームシックなのだ。
育て方を少し間違ってしまったのか、クウはもともと分離不安症の傾向があり、家にいるときも留守番が大の苦手な犬だ。
前述したようにカッとしやすい性格だったので、子犬の頃から厳しめのしつけをしたため、僕のことは恐れている面もあるが、目一杯の愛情のみで接してきた僕の妻のことは自分の本当の母親のように認識し、激しい愛着を示している。
その妻から引き離して長く旅をしているので、精神的に落ち込んでいるようなのだ。
きっと最初の数日は、すぐに家に戻れると予想していたから元気だったのだろう。
しかし5日目を過ぎた頃から「これはもしかしたら、二度と家に帰れないのではなかろうか」と心配になっていたのかもしれない。
もの言わぬ犬の気持ちを勝手に解釈するのもよくないが、6年の付き合いで分かったこの犬の性分からすると、まず間違いなさそうだ。
9日目、新潟県三条市にいた僕は、最終判断をすることにした。
ドッグフードではなく、スーパーで買った人間用の牛肉をコンパクトバーナーで煮ながら少し味付けし、クウに与えることにしたのだ。
東京の家にいるときなら、目の色を変えて食いつくメニューなので、これを食べないようならいよいよヤバい。
果たして、美味しそうに出来あがったその牛肉を、クウは小さな欠片二切れだけ食べ、またため息をついて寝転がってしまった。
「分かったよ、家に帰ろう」
僕はクウに語りかけると、車を走らせてそのまま関越自動車道に乗った。
計画では、新潟から群馬、そして長野を回ってから帰るつもりだったのだが、予定を三日繰り上げての急な帰還となった。
クウは関越自動車道の終点である練馬インターを降りた頃、ムクリと起き上がり、やたらと外を気にするようになった。
窓を少し開けてあげると、車だらけの環八から流れ込んでくる空気の匂いを嗅ぎ、興奮しはじめた。
家に近づいていることがわかっているのだ。
そして世田谷の家に到着し、妻と娘の歓迎を受けると、狂ったようにはしゃいだ。
我が家で待っていた妹分のジャックラッセルテリア、まだ生後五ヶ月の子犬であるホクとも再会を果たし、本当に安心したようだ。
もしも家に帰っても食欲が戻らなかったら、獣医に連れていかなければと思っていたが、その心配は杞憂に終わり、ガツガツとペットフードを食べている。
ほぼ絶食の日々が続いたので少し体重も落ちていたのだが、その後の数日ですっかり回復した。
「お前のせいで、旅が中途半端に終わってしまったよ」と文句を言いつつ、僕もクウが元気になって心底ホッとした。
車中泊の旅に、犬は必要ない。
家族に愛着が強い犬を、無理に長旅に付き合わせるのは本当に気の毒だということがわかった。
そういうわけで今後は、家族揃っての旅以外では、犬を連れ出すのはやめようと思っているのだ。