犬をきっかけに地元の人と何気ない会話を交わすことができた
夏は犬にとって受難の季節だ。
もちろん住んでいる地域によって違うはずだが、ヒートアイランド現象で灼熱の日々が続く東京23区内の我が家周辺では、真夏の日中は犬を散歩させることすらできない。
アスファルトが焼石のように熱くなるので、特に足が短くて体が地面に近い小型犬は、一発で熱中症になってしまうだろう。
だから夏の間の散歩は、まだ涼しい明け方か地面の熱が冷める夜になってからしかできないが、それでも熱気にやられてすぐにバテるので、秋冬春に比べると短時間で切り上げなければならない。
今回の旅に出発したのは、暦の上ではすでに秋とはいえ、実際は一年で一番暑い8月半ばだった。
行き先を東北にしたのは、犬を連れた旅であるということも大きい。
暑くて満足に散歩もさせられない日が続いていたので、少しでも涼しい気候の土地で、気持ちよく歩かせてやりたいと思ったのだ。
東京を発ってから国道6号を一気に北上して宮城県に入った我々(僕とクウ)は、翌日の早朝、まだ観光客もまばらな松島をゆっくり散歩した。
海から吹いてくる風は涼しく、愛犬クウは実に気持ちよさそうな顔をしていた。
車に戻って朝食をあげるとペロリと平らげ、水もいっぱい飲んで満足そう。
走り出すと、少し開けた窓の隙間から入る風を浴び、旅を満喫しているように見えた。
その日はそれから、ホームセンターに立ち寄って旅の不足品の買い出しをした。
犬連れで入れる店だったので、クウをペット用カートに乗せて商品を探していたら、僕と同い年くらいに見える女性とその母親らしい老女の二人連れから声をかけられた。
宮城弁なのだろうか。お国言葉丸出しの二人は、自分たちも家でプードルを飼っていたと言い、プードルの可愛さや賢さについてしばし立ち話をすることになった。
「何歳?」と聞かれたので「6歳」と答えると、「ああ、じゃあまだこれから10年以上元気だよ。いいねえ。うちの子は今年の春に、17歳で死んじゃった」と少し寂しそうに言った。
「僕はこの子を連れて、車で旅行をしているんですよ」と話すと、とても面白がってくれた。そして、「いいね〜、いろんなところ見てきな」と、頭を遠慮なくクチャクチャに撫で回されたクウは、とても嬉しそうにしていた。
彼女たちと別れたあと、見知らぬ土地で、見知らぬ人と普通に会話していたことに気づいた。
これぞまさに“犬効果”なのだ。
地方は犬に冷たいのか、フレンドリーなのか
3日目、秋田から青森を目指していたこの日は、朝から一日中雨で、僕もクウも車の中に閉じこもりっぱなしで過ごした。
そんな日もクウは、水を飲みたいときやオシッコをしたいときは、その意思を必ず僕に伝えてくる。
犬用のペットボトルか食器を前脚でカリカリと掻くのは、喉が渇いていることを伝える仕草だ。
オシッコをしたいときは、車の助手席の窓の下あたりを前脚で掻き、外に出たいという意思表示をする。
車内にもいつでも用を足せるように、一応、ペット用トイレシートを敷いているのだが、居住スペースと認識している車内でするのが嫌らしく、この旅の間は大も小も必ずこうして僕に知らせ、外で済ませていた。
ね。賢い子なのだ。
これは“地方あるある”なのかもしれないが、田舎の方へ行けば行くほど、東京ではあちらこちらの公園に設置されているドッグランが見当たらないことに気づいた。
それどころか、公園自体を「犬 立ち入り禁止」にしているところも多い。
最初は、なんて犬に冷たいんだと思ったが、よく考えてみればそれもそうかと気づく。
都会とは違って一軒一軒の家は敷地が広く、自宅の庭で十分に犬を走らせることができるだろう。
それに、どこへ行っても人や車や犬にぶつかりそうになる都会とは違い、リードから外して犬を思いきり走らすことができる場所も多そうだ。
犬を遊ばせるために、わざわざ整備された公園を選ぶ必要などないのだろう。
だが、旅行者である僕が慣れない場所で犬を解放して走らせ、もしも迷子にでもさせてしまったら大変だ。
だから常にリードにつないで散歩させることしかできなかったのだが、5日目に立ち寄った青森の道の駅三沢で、広々とした芝生のドッグランを発見。
久しぶりにクウのリードを外し、思う存分走らせることができた。
反面、地方でも観光地に行けば、犬にフレンドリーなことが多い。
6日目に行った秋田県の角館は、江戸時代の武家屋敷がそのまま残された街並みの、とても興味深い観光スポットだ。
その日は秋田とはいえかなり気温が上昇していたので、持参していた犬用バギーにクウを乗せて武家屋敷見学に行った。
バギーに乗せておけば、熱くなったアスファルトを歩かせなくても済むのだ。
角館の中央通りにある武家屋敷の何軒かは、家の中まで見学することができる。
中に入って見たかったのだが、犬連れはさすがにまずいだろうと庭でウロウロしていたら、係の人が「ワンちゃんも一緒にいいですよ」と声をかけてくれた。
聞くと、抱っこしていれば屋敷の内部も、犬と一緒に見学可能なのだそうだ。
きっと観光地は犬連れ旅の人が多いので、こうした対応を考えてくれているのだろう。
ありがたく、クウと一緒に見学したのは、武家屋敷の中でもひときわ大きな「石黒家」だった。