4th season 『α』『月のパルス』『as エリス』
———少女まんがもオトナになり、萌えや推し活は日常に
かつて少女まんが家は、キャリアを重ねるとレディースコミックに転向するか、結婚して引退するのが定石だった。しかし、ちょうどくらもち先生がオトナになる頃、オトナのための少女まんが誌「コーラス」が誕生する。『α』シリーズは、架空の映像作品『α』と、『α』に登場する役者たちの舞台裏を描いた『+α』が対となるトリッキーな作品。当時、エンタメ業界で定番化しはじめた「まんが原作のメディアミックス」を逆輸入した意欲作。『as エリス』ではSNSを舞台にヴァーチャルな恋を描いた。くらもち先生自身、アニメやゲーム、インターネット、アイドルを好んで楽しむマニアックな性分。今では当たり前となった「オトナ女子」のリアルな感性を写しとるにはもってこいだった。
<この時代の代表作品>
※下記電子版のリンクからは、試し読みができます。
5th season 『駅から5分』『花に染む』
———等身大の<感覚>を立体的に編みあげた<花染町>シリーズ
くらもち先生が思春期に育った「駒込」をモデルとした架空の街・花染町を舞台に、駅から5分の範囲で起こる人間模様をオムニバス形式でつないだのが、『駅から5分』。各話で老若男女の主人公が入れ替わり、ギャグ、ミステリー、恋愛、青春…あらゆるテイストで味付けされているが、どこかで誰かが必ず交わるのが特徴。一方、『駅から5分』にちょくちょく登場しつつも、『駅から5分』だけを読むと正体不明のイケメン・圓城陽大(えんじょう・はると)がメインキャラクターとして展開される物語が『花に染む』だ。
<この時代の代表作品>
※下記電子版のリンクからは、試し読みができます。
くらもち男子が常に新しいのは、〇〇〇のせい。
「新人の頃のように、久しぶりに正統派の王子様を主役にしてみた」とくらもち先生が言う陽大は、歴代くらもち男子の中でも、最もミステリアス。生い立ちのせいもあり、自分の気持ちをほとんど口にしない。一方で、幼なじみの女子、彼に片思いをした女子、彼の兄の婚約者…3者それぞれに「好意」と取れるような行動を示すため、読者は「陽大は一体だれ派なのだ?」と混乱を起こす。これこそがくらもち作品の特徴のひとつで、一部で難解と言われる原因でもある。初連載の『おしゃべり階段』のころから一貫して、男子にはモノローグがほとんどない。読了してなお「わからない」ことが、小骨のように刺さり続ける。
わかりやすいイケメンを描く方が、まんが家としては効率的だ。甘いセリフを囁けば人気もあがる。しかし、くらもち先生はわかりやすく“しない”。―――それは、読者に恋の“感覚”を伝えるため。相手の気持ちが手に取るようにわかれば悩みは減るかもしれないが、ときめきを失う。人は、相手の気持ちがわからないからときめき、もどかしさに胸を焦がす。だから、くらもち先生は、わざと正解を“描かない”のだ。
描かないのは、男子の気持ちに限らない。例えばカラーイラストでも、ヒーローはうしろを向いていることが多い。主人公との関係性がそこまで深まっていない間は、あえて顔を見せないように描いていたという。さらに、そこに描いてある人“ではない人”がメインの絵も存在する。例えば画集『THEくらもちふさこ』の表紙の箔押しイラストは、陽大であり、楼良(ろうら)でもあるが、今ここにいない花乃(かの)も主役のひとりなのだ。
こんなに絵がうまいのに、一番肝心なところは描かないうえに、説明もしない。——まるで能や狂言のように抑制された構成だからこそ、いつの時代も新しく、古くならない。
「ひえぇ…恐ろしい子!」と思った方は、ぜひ5つの時代の作品をしっかり履修したうえで、弥生美術館へと足を運んでほしい。知ってから原画を鑑賞すると、あなたの心の中に、いちばん新しくていちばんステキな絵がたちあがってくるはずだ。
◆くらもちふさこの創作術をもっと知りたくなったらこちらもどうぞ!
くらもちふさこ展アーカイブ 第2期
集英社オンラインでは、今後も「くらもちふさこ展」第III期・第IV期のレポートや、くらもちふさこ先生と記念画集「THEくらもちふさこ」の装丁を手がけたブックデザイナー・名久井直子氏との対談などを公開予定です。
―――関連情報―――
●【デビュー50周年記念 くらもちふさこ展①】響きあう“少女性”と“クリエイティブ”くらもちふさこが50年追い続ける 少女まんがの「きらめき」
―――公式SNS―――
くらもちふさこ展公式Twitter @Kuramochi_ten
「THEくらもちふさこ」「くらもちふさこ展」制作秘話を不定期にツイート中。時々くらもちふさこ先生も登場します。
取材・文 ハナダミチコ