弥生美術館は、弁護士の鹿野琢見氏が私費を投じて設立した小さなミュージアム。明治・大正・昭和と児童雑誌の挿絵家として人気を誇った高畠華宵(たかばたけ・かしょう)や、日本の近代グラフィックデザイナーの祖ともいえる竹久夢二の作品をコレクションし、児童文化・まんがに関する質の高い企画展を数多く実施してきた。そのため、出版関係者・作家の来館も多く、駒込育ちのくらもち先生にとっても思い入れのある場所だ。
「何度も通った歴史ある弥生美術館のこの壁に、自分の絵が飾ってもらえるようになるなんて思ってもいませんでした! となりで竹久夢二の展示が行われているのもうれしいですね。夢二のついでに私の絵も見ていただけたら…」とはにかむ、くらもち先生だが、本展のキュレーションを担当した外舘恵子さんにとっては“満を持した”企画だったそう。
「いつか当館でくらもち先生の展覧会をしたいと思っていたんです。ですので、映画に合わせた“天然コケッコー展”や、いくえみ綾先生との“二人展”が開催されていく傍らで、密かにチャンスをうかがっていました(笑)。そうして、50周年の記念となる2022年を前に、このタイミングしかないという思いで“ぜひうちで展覧会を!”とご提案いたしましたところ、実現の運びとなったのです」と、外館さん。
企画が決定したのち、くらもち先生のアトリエからほとんどすべての原画が集英社の会議室に運び込まれたのが、2021年の夏のこと。“二人展”の図録と、今回の記念画集『THEくらもちふさこ』の装丁を担当したブックデザイナーの名久井直子さんも「ほとんど全部の原画をもう見ていたと思っていたら、まだまだたくさんあるじゃない! これ…全部入れられないかなぁ…」とつぶやくほどの物量。なかでも「本文カラー」は、とても新鮮に映ったそう。
くらもち先生が最も活躍した1980年-90年代の「別冊マーガレット」は、豪華連載陣が綺羅星のごとく競い合う、都会のオシャレな風吹く少女まんが誌。
そんな人気漫画誌の中でも、物語の冒頭部分がカラーで掲載されるのは人気作家の証。代表作『いつもポケットにショパン』(1980)は、ほぼ毎回巻頭カラーで別マに掲載された。しかしそれらのカラーページは、コミックス収録時には当然モノクロになっている。鮮やかな本文カラー原稿は、記憶を一気に「別マで読んでいた、あの頃」に引き戻すタイムマシンのようでもあり、初見となる若い世代にとっては、まるで新作を読んでいるかのような迫力をもって、そこにズラリと並んでいたのだ。
「この、原画の、輝くような美しさを、なんとかみなさんにお届けしたい!」というスタッフの気持ちから、50週年の原画展&画集は、カラー原画、特に本文カラーなど、雑誌掲載時以降あまり目にふれることのなかった原画も積極的にセレクトし、構成されることになった。