昨年(2021年)10月に刊行以降、異例のロングセラーとなっている『N』。著者の道尾秀介さんが、今最もお会いしたかったのは、TikTokクリエイターのけんごさん。SNSで小説紹介を次々に投稿し、その的確さから絶大な支持を得ているけんごさんは、今年4月に初めての小説『ワカレ花』を刊行しました。お二人に小説について、ふんだんにお話ししていただきました。
構成/砂田明子 撮影/大槻志穂 (2022年6月15日 神保町にて収録)
面白い作品を書くのは当たり前。そこに何をプラスアルファするか
道尾 けんごさんとお会いするのは、今日が2回目ですね。『N』をTikTokで紹介してくださって、その後、「第1回けんご大賞」に選んでくださった。新しいものが好きな僕としては、今はこんな紹介の仕方があるんだと驚いたし、心強い味方ができたなと、すごく嬉しかったんです。だから、どうしても直接お礼が言いたくて、けんご大賞のイベントに行ったんですよ。それが初めてお会いした時で、たしか、真冬のめちゃくちゃ寒い日でしたよね。
けんご はい、昨年の12月、極寒の日に来ていただいて。
道尾 イベントが終わるギリギリの時間に行ったら、ちょうどお客さんが落ち着いた頃で、少しお話しできました。あれは嬉しかった。
けんご あの時いただいたサイン、大切にしています。
道尾 ありがとうございます。今日はいろいろお聞きしたいんですが、まず、なぜ『N』を取り上げてくださったんですか?
けんご もともと道尾さんの作品はたくさん読んでいたんです。集英社から『N』が出たときは、斬新な設定だというので、そこに食いついて読みはじめたんですが、まずは物語に感銘を受けました。人間の悪意だったり、内面に潜んでいるような複雑な感情が丁寧に描写されている作品が、僕はすごく好きなんですね。
それで、ぜひTikTokで紹介したいと思ったわけですが、どうやって紹介したらこの本を手にとってもらえるだろうかと考えたとき、やはりこの斬新な設定にフォーカスするのがいいだろうと。読む順番を読者が決められて、720通りの読み方があるとか、本自体に仕掛けがされていて、章ごとに上下逆転されて印刷されているとか。僕が衝撃を受けた「設定」を伝えることで、小説を読んだことのない人も、興味をもってくれるかなと思ったんです。
道尾 仕掛けた甲斐がありました。僕は17、8年、専業作家をやっていますが、作品のストーリー自体が面白いのは当たり前なんです。そこに何かプラスアルファして、読者人口を増やしたいとずっと考えていて、『N』のほかにも、『いけない』という作品では画像を使ったり、いま書いている『きこえる』というシリーズでは、作中にQRコードを付けて、音声と物語を融合させたりしています。
でも、こういう試みって、空振りするとめちゃくちゃ恥ずかしいじゃないですか(笑)。だから、けんごさんに取り上げていただいたり、たくさんの読者が本を買ってくれたりすると、ほっとするんですよね。
けんご 小説の概念をひっくり返すようなことに挑戦されていて、本当にすごいなと。たとえば上下逆さまに印刷されているのだって、一歩間違えたら、読みにくいって思われる怖さは絶対あるのに……。
道尾 ほんと、ほんと。とはいえ、「どの章から読んでもいいですよ」といっても、最初から読む人が圧倒的に多いだろうと思ったんです。だったら、それができないようにしちゃおうと考えて、章ごとに上下反転させた。印刷事故が起きる可能性があるから、印刷所に入念に確認したりして、いろいろ大変でした。でも刊行後、ある読者が持っている『N』を見たら、付箋が上からも下からも出ていた。普通、付箋って上に付けるものですが、『N』は、反転している章があるから、下にも付箋が付いているんです。初めて見る光景に出会って、楽しいことをやってよかったなと思いました。
けんご 僕は4通りの読み方をしました。やっぱり読み方によって全く違う物語になるんですよ。最初に読んだときは、救いようのない展開で進む物語だと感じたのに、3通り目、4通り目と読んでいくうちに、希望のある物語に変わっていきました。
道尾 それは嬉しいな。4通りって、本、4冊分ですもんね。僕も自分の記憶を消して、読む順番を選びたいんですけど、それができないのが残念です。