気候運動と反ファシズムの共通前線
極右は、気候危機に対して国境の閉鎖や移民の排除によって応答しようとする。これに対抗するために必要なのは、自己防衛と排除を中心とするエコロジーではなく、人間同士の連帯と、人間以外の生き物との共生に基づくエコロジー政治である。
そのためには、エコロジーを不平等の問題として再政治化する必要がある。「エコロジーは全員に関わる」という主張は一般論としては正しい。しかし、エコロジーが政治的なのは、単に全員に関わるからではなく、環境破壊の責任、環境被害、移動の可能性、生活をエコロジカルに転換する能力が、社会的に不均等に分配されているからである。
気候危機においては、地域格差・階級差別・人種差別・性差別によって脆弱な立場にいる人ほど、その被害を強く受ける。この不均等性を明るみに出すことが、エコロジーを再政治化する中心になる。
エコロジーの再政治化に伴って、エコロジー運動の主体を広げることも重要である。これまでエコロジー運動は、白人・中産階級中心の運動とみなされがちであった。しかし、気候危機は、移民、ジェンダー、国境、人種、白人性、化石燃料、極右暴力を相互に結びつけていく。
したがって、エコロジー運動の側も、反人種主義、脱植民地化、フェミニズム、反障害者差別、クィア政治と接続する必要があるのである。土地を守る運動も、排他的な「根づき」や土着性の論理に閉じるのではなく、移動と居住の自由と結びつけられなければならない。気候正義とは、気候危機によって移動せざるをえない人々を受け入れる努力を含むものだからだ。
このように考えると、気候運動と反ファシズムは別々の闘争ではない。反人種主義者や反ファシストの中には、気候やエコロジーを中産階級的でロマン主義的な関心として軽視する人々もいるが、気温が上がれば上がるほど、気候闘争と反ファシズム闘争は一つの前線へと近づいていくだろう。だからこそ、反ファシズムは気候危機を中心課題として扱うべきであり、気候運動もまた反ファシズムを自らの課題として引き受ける必要があるのだ。
参考文献
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斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社、2020年。
斎藤幸平『人新世の「黙示録」』集英社、2026年。
黒猫ドラネコ『参政党と大陰謀論時代』文春新書、2026年。













