エコスピリチュアリティの落とし穴

エコスピリチュアリティ、テクノロジー批判、代替医療は、先に挙げた三つに比べると、周縁的、サブカル的なテーマと思われがちだが、これらは自然をたんなる資源としてではなく、私たちが関係を結ぶ相手としてとらえ直すという点で、エコロジー運動の中でも重要な領域である。

しかし、これらもまた反動的な言説と結びつきやすい傾向がある。エコスピリチュアリティは、私たちの生き方や身体と自然の関係を問い直すことができる一方で、社会批判を弱めたり、支配関係を神秘的な言葉で正当化したりしうるからだ。これは、なぜ参政党を初期から支えている組織的な支持層に、エコスピリチュアルやホメオパシーといった代替医療の信奉者が多いのか、という問いへの答えになるかもしれない。

テクノロジー批判についても同じことが言えるだろう。技術発展が人間や自然に与える害を批判することは必要である。しかし、その批判が近代医療、人工生殖技術、トランスジェンダーの医療ケアなどを「自然に反するもの」として一括りに否定する方向へ進むと、反フェミニズムや同性愛嫌悪、トランス嫌悪と結びついてしまう。

フランスでも、パンデミック期の代替医療や健康言説の中で、感染症を「自然の復讐」として語り、病気や死を自然による浄化のように意味づける言説が広がった。

そこでは、弱い人々が犠牲になることさえ、自然の摂理であるかのように受け入れられてしまう。こうして、エコロジー的な言葉が、優生思想的な発想に転換されてしまうのである。 これらに共通しているのは、本質主義的な思考である。

本質主義とは、人間の性質や社会的役割を、歴史や社会のなかでつくられたものとしてではなく、あらかじめ決まった本質にもとづくものとして理解する考え方である。たとえば、人間には変わることのない「女性的本質」や「男性的本質」があり、それが身体、行動、役割を決めている、といった考え方だ。このような本質主義は、社会秩序を、権力関係や歴史的な構築物としてではなく、自然、科学、霊性の名を借りた不可避の法則として理解してしまうため、既存の不平等を変えられないものとして固定してしまうのだ。

エコフェミニズムと本質主義

性差を「自然」や「生物学」に還元し、女性を生殖機能によって定義する本質主義的な議論は、右派だけでなく、一部の左派的エコロジーにも入り込みうる。エコフェミニズムの実践は、しばしば、自然化された「女性的」な領域――「環境ケア」「日常生活の小さな行動」、脱成長的な質素さ――へと押し込められてきた。

さらに、エコフェミニズムは、社会的・歴史的文脈を無視した先住民文化の盗用や、寄せ集めのスピリチュアリティへと接続される傾向もある。しかし、「女性は自然に近い存在である」という発想は、女性を身体・母性・土地・共同体へと結びつける点で、反動的な極右の世界観と相性がよい。 この点は、日本の1980年代のエコフェミニズムをめぐる青木・上野論争において、上野千鶴子がすでに指摘していた通りである。「男性原理」が優越してきた近代社会の行き詰まりを「女性原理」によって打開しようとする青木やよひのエコフェミニズムを批判する上野の言葉を、以下に引用しよう。

「エコロジスムは、数ある近代批判のうちの一つにすぎない。「近代=西欧」が支配し統制しようとした「自然」に、近代が復讐されているとして、「自然への回帰」が近代を超克する唯一の道だとするのは、「自然」の一種の神秘化に他ならない。しかも、「女性」がこの「自然」を代表するとしたら、それは文化/自然の二項対立の図式のうち、自然の側に女性を割り当てる男性優位の文化イデオロギーを実は前提とし、受け容れていると言える。このイデオロギー的なジェンダーの配当こそが問われなければならないところなのに、自ら進んで「自然」を引き受け、それを代表するのは、男性文化の策略にはまることであろう。」

上野千鶴子『女は世界を救えるか』勁草書房 、Kindle版 (p. 155)

上野はエコフェミニズムが女性=自然を本質化することで、支配的な権力関係を再生産してしまうことを批判している。

『女は世界を救えるか』(勁草書房刊)
『女は世界を救えるか』(勁草書房刊)

もちろん、エコフェミニズムの中には、本質主義に依拠することなく、あくまで女性が置かれている社会的位置や担わされている役割を起点に、環境破壊を生む権力構造を批判する潮流も存在する。

具体的には、土地をめぐる脱植民地的闘争、環境レイシズムへの抵抗、軍事産業や戦争への反対運動などが挙げられるだろう。しかし、そこに性差と「自然」を結びつけ、女性性を生殖機能に還元するような本質主義的な議論が滑り込んでしまうと、「自然を守ろう」という主張が女性、身体、性差、家族のあり方を固定する思想へと変わってしまうのである。

フランスで反同性婚運動を機に「保守女性運動」が活性化したが、それ以降、この運動の一部の潮流が、自然主義・エコロジー志向を強めていることは注目に値する。

これは同じ時期の2015年に、教皇フランシスコが発表した回勅によって、社会・環境・経済・世代・日常生活・文化を結びつける「統合的エコロジー」が世界的に広まったことも関係している。

こうしてカトリック思想とエコロジー、保守女性運動が結びついたことで、「自然や身体、性差を尊重する」という名の下で避妊や中絶、生殖医療に対して批判的な保守エコフェミニズム思想が生まれているのである。