舟で空を飛んでいる気分⁉
高野 最初の旅の六年後、二〇二四年にもう一度トルコへ行ったわけですけど、一回目と二回目ではコロナ禍を挟んでいるので、世の中がずいぶん変わっているだろうからもう一回行きたいなって思ったんですよね。
山田 俺としては、わざわざトルコまで行かなくても「江戸ポタミア」(隊長が名付けた多摩川と荒川流域のこと)でいいじゃないかって思ってたんだけどね。
高野 それ、まったく理解できないんだけど(笑)。
山田 いやいや、高尾山に登って境川の源流へ行ったときに、江戸ポタミアの川下りの話と十条の「メソポタミア」というクルド料理屋(現在は閉店)の話まで書いたんだから、そこでしゃんしゃんでいいんじゃないって俺がいったら、高野も「いいですね」っていったんだよ。
高野 あ、そうだ。思い出した(笑)。
山田 それが一か月ほどしたら、やっぱりトルコ行きましょうになって、しゃあないな、では行きますということで行ったんだよ。
でも、あれは行ってよかった。特に、前回と比べて川の水の量が倍くらいに増えていたから、川を下りながら、君がやっと空を飛んだ気分になってくれたのはよかった。
川って、ゆっくり流れているから鏡みたいな水面に空がきれいに映るときがあるんですよ。海はうねりや風もあるから、空がきれいに映ることがあまりない。実際、アマゾンとかアフリカの大河は空がきれいに映って、そこに舟を浮かべていると、まるで宮﨑駿さんのアニメに出てくる空の上を飛んでいるような気分になる。
そういうことを高野に話しても、それまではピンと来ていなかった。それが最後の章で、ムンズル川(ユーフラテス川の支流)を下っているところで「土地のいちばん低いところを進んでいるはずなのに、半分、空を飛んでいるような気持ちになる」って書いてくれた。
高野 雲の上に乗ってるような浮遊感があって、ちょっと、この世じゃない感じがしましたね。
もう一つよかったのは、三人目の男(ガイド)が一回目と二回目で替わったこと。
山田 あのアフメトというガイドはすばらしかったね。でも「ボート三人男」というタイトルを見て、どれくらいの人がジェローム・K・ジェロームの小説『ボートの三人男』のことを思い浮かべるだろうね。
俺らの世代で文学好きな人はみんなあの本を知っていると思うし、イギリス人はみんな好きですよ。『東海道中膝栗毛』みたいな感じで、お笑いを交えながらテムズ川の歴史、イギリスの歴史も語られている。
高野 今回の本で話が急に飛んだり、途中からどんどん逸脱していくというのも、実は『ボートの三人男』に則っているんですよ。
山田 俺の友達で高野の『イラク水滸伝』を読んでから北方謙三さんの「大水滸伝」シリーズを読んだ人がけっこういるから、この『メソポタミアのボート三人男』を読んでジェローム・K・ジェロームを読む人も出てくるんじゃないの。
尽きない探検欲
山田 次のフィールドは、何か決まっているの?
高野 当たりはつけてるんですけど、本になるかどうかは、ちょっとやってみないとわからない。今月もまたトルコへ行きますけど。
山田 トルコにしたの?
高野 またクルド人のいる地域に行ってみようかと。とにかく、クルドの人たちの文化や生活について書かれた本って、すごく少ないんですよ。
山田 ロンドンに二年、パリに一年ほどいたことがあって、そこでクルド難民の友達がいっぱいできました。多くの人が逃げてくるくらいだから、実際に行くまではすごい戦場みたいなところかなと思っていたんですよ。ところが、春とか夏になると、そこらじゅうに花が咲いて、ちょっとした桃源郷みたいな風景になる。こういうところでも悲惨な歴史があったんだなと、ちょっと悲しくなりましたね。
高野 クルド人のエリアって、何しろ調査も報道もほとんどされていないので、わからないことが多くて、謎とか未知なことがまだまだある。
隊長の今後の予定は?
山田 まあ、体調を整えながらだけど、江戸ポタミア探検隊の締めをいまやっているんですよ。多摩川、荒川に挟まれた地域は、昔、海面が高くなったときもあれば低くなった時代もあるんですね。その昔は、荒川、利根川、多摩川が全部東京湾でつながっていて、この館山が河口だった。だから、いま俺がいるのは江戸ポタミアの河口だという構想で、その江戸ポタミア探検の締めをやらないといけない。
それに、川と環境保全、森づくり、森林保全をやっている仲間がいっぱいいて、彼らとその方面での新たな構想もしているから、江戸ポタミアの河口に住んでいるというのは、そっちの方でもいい材料になると思って、あれこれ考えているわけです。
そのためにも腰痛も含めて体調を整えないといけないんだけどね。
高野 いや、また一緒に川旅をやりたいですよね。
山田 俺もやりたいんだけど、川は冷えるからな。腰に悪い(笑)。














