言葉の裏に、確かな行動の実績が積み上がっていた
かつて「進次郎構文」と笑われた抽象的な言葉遊びと、この高度に計算されたレトリックとの間には、天と地ほどの距離がある。同じ人物の口から出た言葉とは、にわかに信じがたいほどだ。
彼の「老練さ」は、対話の扱い方にも表れた。中国が今回の会議にハイレベルの代表を送らず、ただ代表団を派遣するにとどめたことに対し、小泉大臣は「お会いする機会を持てなかったことを悲しく思う」と述べた。攻撃ではなく、残念だと言ってみせる。
これによって、対話の扉を閉ざしているのはどちらなのか、その印象を国際社会に静かに、しかし確実に刻みつけた。透明性を欠いたまま軍拡を進める国への懸念を突きつけながら、自らは「対話の扉は常に開かれている」と繰り返す。攻めと守りの呼吸が、実に巧みだった。
だが、私が彼の真価を見たと感じるのは、演説のうまさだけではない。言葉の裏に、確かな行動の実績が積み上がっていたからである。
シャングリラ・ダイアローグに先立つ5月5日、彼はマニラを訪れ、フィリピンとの間で、退役予定の護衛艦と航空機の早期移転に向けた作業部会の設立で合意していた。
南シナ海で中国の威圧に日々さらされるフィリピンにとって、日本の艦艇供与は死活的な意味を持つ。これは、日本が数十年来で最大規模となる防衛輸出ルールの見直しを、言葉ではなく現物で証明した第一歩だった。
防衛産業を「死の商人」…政府系金融機関を国会で公然と批判
さらに5月30日、シンガポールでヘグセス米国防長官と会談した彼は、「オペレーション・スーパーチャージ」と名付けた枠組みを自ら提案し、合意を取り付けている。迎撃ミサイルSM-3ブロック2Aや空対空ミサイルAMRAAMの生産能力を、現行の4倍に引き上げるという内容だ。
弾薬とミサイルの枯渇は、長期化するウクライナの戦いが西側に突きつけた最大の教訓である。そのボトルネックの解消に、日本が国家として正面からコミットしたのだ。
国内に目を向ければ、その行動力はさらに鮮明になる。日本のドローン市場は中国製が9割を占め、国産はわずか3%にすぎない。彼はこれを安全保障上の重大な弱点と断じ、名古屋の国産メーカーを自ら視察した。
そして、防衛産業を「死の商人」として融資を避けてきた政府系金融機関の姿勢を国会で公然と批判し、日本政策投資銀行に武器関連企業への融資制限を撤廃させた。長年動かなかった岩盤規制を、政治の力でこじ開けたのである。
なぜこの海外での高評価が、国内の評価を一気に押し上げたのか
では、なぜこの海外での高評価が、国内の評価を一気に押し上げたのか。
一つは、あまりに低かった事前の期待との落差だ。失言を心配されていた男が、アジア最高峰の安全保障会議で、各国の国防トップを前に英語で堂々と渡り合った。この予想と現実のギャップが、国民に鮮烈な驚きを与えた。
もう一つは、日本人が外からの評価に弱いという、よく知られた性質である。国内のワイドショーが作った「軽さ」のナラティブは、ロイターやニューヨーク・タイムズの客観的な報道によって上書きされた。
世界は、小泉進次郎をこれほど頼もしい防衛トップとして見ていたのか。その事実を突きつけられて、国内の偏見はもろくも崩れ落ちた。中国の国営メディアが彼を「恥知らずな演劇」と罵れば罵るほど、西側での「中国の威圧に毅然と立ち向かう日本の顔」という像はかえって際立っていった。
現代の安全保障において、発信力はミサイルや戦闘機と同等の武器である。沈黙は金、という時代はとうに終わった。自国の正当性を世界に向けて力強く語れる人間がいるかどうかが、国家の生存を左右する。
小泉進次郎は、その稀有な発信力をもって、急速に進む日本の防衛力強化の正しさを世界に納得させてみせた。
「進次郎構文」の檻は、もうどこにもない。海外メディアというレンズを通して初めて、私たちは彼の本当の姿を見た。実務の能力と国際舞台での発信力を兼ね備えた、安全保障の要。これはもはや、人気だけの若手政治家の姿ではない。
一時の評価からすれば、まさか、まさかというところではあるが、次に国家の舵を握る者として、彼は確かな正統性を手にしつつある。ポスト高市を語るとき、その名を外して語ることは、もうできない。
文/小倉健一 写真/shutterstock













