エレカシは10割革新だった
そもそもは、ファーストアルバム『THE ELEPHANT KASHIMASHI』を発売初日に買って愛聴しておきながら、生来の捻くれ魂が災いして、1988年9月10日に渋谷公会堂で行われた伝説のライブチケットを友達にあげてしまった。まさかそれが、「人生で見逃した後悔ライブ第一位」になるなんて、17歳の僕(童貞)は気付いていませんでした。
その後、エレカシのライブには時折足を運びました。今回自宅で発掘されたメモを頼りに、現在では国民的ロックバンドになった彼らの黎明期をお伝えします。
まずは92年2月28日、今は無き吉祥寺バウスシアター。ぎちぎちに超満員。
4枚のアルバムをリリースしていたが、一部のメディアの期待とは裏腹にチャートはパッとしなかった。あまりに急進主義だったことも大きい。ファーストアルバムはハードロック。セカンドはバラード中心。
サード『浮世の夢』の歌詞の内容は日常を見つめる半径30センチの世界。されど名盤中の名盤。個人的にははっぴいえんどを超える日本語ロックの金字塔。いかに楽曲として素晴らしいか、氷川きよしに全編カバーアルバムを出してほしいと20年来思っているほどです。
だがしかし、聴き手はついて来られなかった。大槻ケンヂがむかしインタビューで「ロックアルバムは9割のマンオリと1割の革新」と喝破したが、エレカシは10割革新だった。長く売れ続けているミュージシャンの絶対条件は「安心の定番」なのに、生き急いでいた宮本にそんな悠長なことはできなかった。
90年代初期はタテノリビート全盛。“盛り上がってるかーい、イェーイ”の時代に、エレカシのライブは観客が座って観た。宮本の異様な迫力に気圧されて、観客は彼の一挙手一投足を、声を押し殺して見つめていた。拍手はまばら。拍手をすると宮本が怒るから。暴れたがりの若者だった僕には正直、退屈だった。セトリは以下の通り。
男は行く②晩秋の一夜③凡人―散歩きー④偶成⑤月の夜⑥遁世⑦曙光(新曲。失敗やり直し)⑧無事なる男(新曲)
曲はすべて一昨年出したアルバム『生活』からの曲と新曲2曲のみ。アンコールなし。1時間ちょっとでライブ終了。売れる気ないだろ! MCもひとこともなし。今は無き汐留PITでスライダーズとRCサクセションの前座を務めたときは、「うるせえ!」「このボケが!」「RCで踊ってろ!」と客を恫喝したそうだから、無理に喋らないほうがいいのか。
『生活』はリリースから30年が経過しているが、コロナウイルスや生活不安などの事情により引きこもりがちの人は、このアルバムを聴いて驚嘆するのではないか。なんで俺(私)のことを歌っているの?と。
これから先は死ぬるまで表へ出ないでくらす人。(略)コツコツ鳴ってる火鉢を間に誰かが俺に聞いている。「お前はなぜに引きこもる?」(略)「お前はなぜに生きている?」「小さき花を見るために」(遁世)
まるで激石の『こころ』に出てくる先生のよう。世を儚むというか老成というか。崇高な志は自縄自縛になった。













