「実家のたこ焼きの味をずっと守ってきた」

――その後、たこ焼き屋をオープンされたのはどのようなきっかけでしたか?

当時から、グラビアって長くできる仕事じゃないなって思っていて、アナウンサーのお仕事などもやりながら、“自分の武器を見つけなきゃ”って常に考えていました。その時に、“料理を生かした仕事をしたい”って思ったんです。

お料理番組にも出演させていただきましたが、当時は川越シェフとか、料理人の方がテレビに出ることが多かったんですね。そこで、私も店を持ってないと説得力ないかなってマネージャーと話して。「じゃあ1ヶ月後に店出します!」って、本当にノリで言ったことから、今のお店がスタートしました。

――実際にご自身でお店を持たれてみて、想像していたものとの違いはありましたか?

まさか、こんなに大変だとは思わなかったです。まず、物件を借りるのって、こんなにお金がかかるんだって。金銭面が本当に大変でした。一人で物件を探して、内装も決めて、見積もりを見たら“え?”って(笑)。

予算を削るために、自分で内装をやったりもしました。最初は三姉妹で始めたので、大道具をやっていた妹に“トンカチできる?”って聞いて、カウンターを作ってもらったり。できる範囲で、全て自分たちでやりました。

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――たこ焼きづくりでこだわっている部分は?

実家のたこ焼きの味をずっと守っていることですね。もともとこの味は、私が中学生の時に親と一緒に作ったものなんです。当時、太りやすい年齢だったので、いかに太らないかを考え、山芋粉をメインに小麦粉少しと水、卵、だし。

だから普通のたこ焼きの生地と違って、固まりにくくて焼くのが難しいんですけど、ふわっと軽くてシュークリームみたいな感じの食感になります。他のたこ焼きと比べるとカロリーが3分の1くらいなので、ダイエット中の方にも安心してお召し上がりいただけます。

―― 一番大変だったことはありますか。

最初はお客様が全然来なかったことですね。だから呼び込みをして、一軒一軒、挨拶回りをして。周辺のお店はほぼ全部ご挨拶に行きました(笑)。そこで仲良くなって、お客様を紹介していただいたりしました。

だけど、その後にコロナ禍が来てしまって…。営業できない時期が一番辛かったですね。恵比寿の飲食店仲間がいたので、“みんなでお弁当を売ろうよ”って話し合って、お店の下の場所を借りてお弁当販売もしました。Uberや出前もやったりしていましたね。

“このコロナ禍はいつまで続くんだろう”とは思っていましたが、逆にコロナ明けの方が大変でした。そんなすぐにお客様は戻ってこないのに、補助金はないし、税金もあるし。悪循環でした。