「高校ではサッカー部、練習はまじめに参加していたが補欠」
自宅から学校までは約10キロ離れ、この学校のそばで優季被告の車が防犯カメラに捉えられたのは午前8時ごろだ。
結希君が学校へ送る車内で「本当のお父さんじゃない」と言ったことに殺意を持ったというなら、その後、学校前で結希君を車から降ろさずにUターンし、約8キロ走って現れる公衆トイレに連れ込んで首を絞めた流れになる。「衝動的に殺した」との弁解は事実なのか。
「優季は殺害直後に自宅へ帰り、結希君の母である妻を乗せてまた昼前に学校へ向かっています。その日は一つ上の6年生の卒業式で帰宅時間が早かったため結希君を迎えに行くためでした」(安達家の知人)
殺害した遺体を隠した直後に妻と顔を合わせ、すぐに犯行の隠蔽ともとれる行動に移っていることになる。衝動的な殺害だったかどうかは量刑を大きく左右するだけに、公判で大きな焦点になりそうだ。
優季被告は京都市東部の市営住宅で育ち、当時、姓は「山本」だった。京都を代表する観光名所のそばにある中学校では生徒会長を務め、そのまま近所の府立高校に進学した。
「おばあちゃんに育てられたという噂を聞いたことがあります。高校ではサッカー部で、練習はまじめに参加していましたが補欠でした。目立つ子ではなく、彼には人を殺すような度胸も決断力もないのではと今でも思ってます」
と当時の同級生は話す。
高校卒業後、事件まで勤務していたとされる南丹市内の工場に就職した優季被告。その後は結婚して子どもも生まれたが、数年前にその工場に勤めるようになった結希君の実母と親密になり、前妻と離婚。結希君の母と再婚し苗字が変わっている。













