我那覇和樹をめぐる“ドーピング違反”の事情聴取

2007年5月1日。Jリーグドーピングコントロール委員会(DC委員会)による事情聴取は、JFAハウス9階の会議室で行なわれることになった。

出席者は川崎フロンターレから、社長の武田信平(肩書は実行委員)、チームドクターの後藤秀隆、そして選手の我那覇和樹。DC委員会から、青木治人委員長、河野照茂副委員長、植木眞琴委員、佐々木一樹委員、西尾眞友委員、Jリーグからは羽生英之事務局長、窪田慎二、松井志乃。

午後2時、聴取が始まった。この場においては当該担当として最も権威と責任のある日本サッカー協会(JFA)スポーツ医学委員長とJリーグドーピングコントロール委員長を兼任する青木の舵取りによって質疑は進行する(以下は音声データより独自に起こした記録より、語尾のみを整えた)。

写真はイメージです
写真はイメージです

青木「一番最初の症状はどんなものだったのか」

我那覇「4月20日あたりから喉の痛みがあり、苦しかったです」

青木「練習はしていたようだが」

我那覇「そうですね。まあレギュラー争いも激しいんで簡単にやっぱり休みたくないし弱音も吐きたくないし、そのへんで練習は続けていました」

青木「誰に症状を話しましたか」

我那覇「4月20日、浦和戦の前日に喉の痛みについて後藤ドクターに直接話したところ、PL(風邪薬)を処方されました」

後藤「PLを処方しました」

青木「効果は」

我那覇「少し良くなってまあ試合には臨めたんですけど、4月23日くらい、そのあたりから、また、朝は食欲もなくなって、水分は練習中摂るようにしていたんですけど練習が終わってすごいだるかったんで、ドクターに相談しました」

青木「そのときの体温は」

後藤「38・5度」

青木「風邪のぶり返しのようですが、先生の診断は」

後藤「診断は風邪、また下痢をしていたので、感冒と下痢という診断をしました」

青木「本当に何も食べることができなかったか」

我那覇「当日は全く食べられなかったです。水分は摂るようにしていました」

冒頭、青木は治療当日の病状についての質疑を繰り返し、やがて治療方法について言及していった。

青木「えーと、そうすると臨床症状から見ればそれは感冒と下痢、喉は赤かった? 感冒と下痢というのは、それで分かりますが、そこにそのー、注射をされていますよね。200㏄の生食(生理食塩水)とビタミンB1を。その必要とした根拠は?」

後藤「一つは練習終了後ですので。大体の選手は車で来ています。我那覇選手も1時間近くかけて車で来ています。まず車で帰れるかということと、あとはその食事や水分が摂れるかということを考えました。我那覇選手は食事も水分も摂れそうにないということで、ちょっと車を運転させて帰すのは危ないと考え、水分が足りないのは明らかだと判断しましたんで、まず補液が必要と判断しました」

青木「200㏄だけの投与でよかったのですか」

後藤「結果的に200㏄となったと理解してほしいです。クラブハウスの設備では、1ボトルが100㏄の単位です」

青木「クラブにそのようなものが常備してあり、日常的に行なっている行為なのですか」

後藤「昨年までは常備していましたが、今年は、静脈注射をなくす方向なので、今までは行なっていません」

青木「感冒・下痢に対しビタミンB1と200㏄の静脈注射が必要だったか、有効だったかが問われている。判断は現場のドクターだけで行なうべきものではないです」

後藤「輸液しながら本人さんの具合を確認して判断したわけです。僕自身は大体500㏄は必要かなと最初見込んでいたんですけど、200㏄で本人さんがだいぶいいということで。抜針する前に水を飲ませてみたんですけど飲めたので、本人さんももう大丈夫ということで抜針しました」