「昨日の治療がドーピングに当たるらしい」

翌24日は体調も回復しつつあり、練習でも復調の手ごたえを感じていた。このとき、小さな異変があった。

練習の前にクラブのスタッフから「ガナ、昨日、記者に治療を受けたことを話したの?」と聞かれたのである。「話しましたよ」と答えると、厳しい顔をされた。

「記事に出たみたいだ。だめだよ。Jリーグで何か話題になっているらしい」

我那覇は自分のコンディションに関わることを口外したことを叱責されたのかと思い、素直に頭を下げた。

衝撃が走ったのは、その晩、大阪に行っていた妻の温子を新横浜駅で迎え、車で自宅に向かっていたときのことであった。運転中に携帯電話が鳴った。相手はチームの強化部長の庄子春男だった。通常の連絡にしては時間が遅過ぎた。

車内スピーカーから発せられた言葉は、予想だにしないものであった。

「明日の試合の出場を自粛してほしい」「昨日の治療がドーピングに当たるらしい」というのである。本人は電話を受けたときのことをこう述懐する。

「最初は全く何のことか分からなかったです。自粛の理由を説明されたんですが、納得ができなかったというか……。僕は点滴を受ける際に先生に何度もドーピングに引っかからないですか?って聞いていたし、その際も問題ないと言われていましたから」

一緒に車内にいた温子も驚愕を禁じえなかった。

「電話の内容を聞いて驚きました。というのも夫は普段から飲むのも食べるのもすごい慎重で、初めての薬は私がいくら勧めても『いや、ドクターに聞いてみないと口にできない』っていう人なんです。

そもそも夫は沖縄のお母さんの影響もあって、薬は飲まなくても自然治癒で大丈夫っていう育ち方をしているから、治療を受けたのはよほどつらい症状だったからだと思うのです。それでどんなふうにその点滴を受けたのって聞いてみたら、患者としては防ぎようがない状態で、それだったらドクターが知識不足だったのか、と最初そう思ったんですよ」

温子は看護師としてスポーツ整形、腎臓代謝内科、泌尿器外科での医療に従事した経験がある。人一倍、薬の投与には敏感な沖縄出身の夫と、専門知識を持つ妻。針を身体に入れることの重みも十分に理解している。ドーピングに関しては一般的なアスリートのカップル以上に神経を尖(とが)らせてきた夫婦であった。

そこに、突然もたらされた違反疑惑の連絡。試合に向けて準備をしてきた選手にとって、直前の自粛通達は大きなショックであった。

それでも無理に出場して勝ち点剝奪などのペナルティを科されればチームに迷惑をかける。我那覇は、分かりましたと自粛に従う回答をした。とはいえ、後ろめたいことをした覚えのない二人は、納得できないまま帰路についた。

事態の経緯と詳細が具体的に分かったのは次の日だった。