微々たる保険料の軽減効果は、上限額引き上げに釣り合うのか?
すでに述べたとおり、高額療養費制度とは、一カ月の医療費が高額になった場合、一定金額を超えた分は自己負担にならずにすむ、という制度だ。わかりやすくいえば、一カ月あたりの医療支払い額に上限キャップを設ける制度、ということになる。
この制度が始まったのは1973年。日本に国民皆保険が整備された1961年の12年後だ。最初は被保険者の扶養家族を対象としたものだったが、1981年以降には被保険者自身にも対象を拡大し、その後、多数回該当(後述)などの仕組みも開始された。
1973年の制度創設当初の自己負担上限額は一律3万円で、以後、低所得者層への配慮を取り入れながらも負担上限額は一律の金額で推移した。
数回の上限額引き上げを経て、2001年には所得区分を3つに分類。2015年にはさらに五区分に細分化された(2025年末に政府が提示した案ではさらに細分化して、2027年8月から一三区分になる見込み)。
日々を健康に過ごしている限りこの制度は縁遠い存在で、多くの人々にとってさほど親近感をおぼえるようなものではないだろう。だが、不慮の病や怪我というものは、誰の身にも突然襲いかかってくる。
たとえば、あなたがある日突然、がんだと宣告され、その入院治療と手術で1カ月に300万円の治療費がかかったとしよう。日本の健康保険制度では、70歳未満の人が病院の窓口で払う自己負担は三割なので、通常の計算なら90万円が請求されることになる。
しかし、そのような高額な料金をいきなり払えと言われても、簡単に出せる人はそうそういないだろう。そこで、年収に応じて支払い額に上限を設け、どんなに高額な治療を施しても一定額以上の料金を負担せずにすむようにしている、というのがこの高額療養費制度の枠組みだ。
現行制度(2026年3月時点、以下同)では、年収700万円(手取り月40数万円)のサラリーマンなら、どんなに高額な治療でも一カ月に約8万円を支払えばすむような制度設計になっている。
8万円ですむ、といっても、けっして安い金額ではない。上述した2024年1月末の報道によると、自己負担上限額は2025年から2027年まで毎年8月に段階的に引き上げ、最終的には「年収700万円の場合、現在の上限額は約8万円だが、25年8月に約8万8000円、26年8月に約11万3000円、27年8月に約13万9000円へ段階的に上がる」(*1時事)、とされていた。
そして、この上限額の引き上げの理由については、「こうした見直しで、1人当たり年1100〜5000円の保険料軽減効果があり、給付費も年5300億円削減される見通し」だと説明された。
現行の8万円から最終的に13万9000円への引き上げということは、約1,7倍だ。年収1600万円の場合だと現行の約25万円から約44万円への引き上げとされていたので、こちらの場合は約1,8倍である。13万9000円にしても44万円にしても、一カ月あたりの突発的な出費としてはかなりの高額であることは間違いない。
参考までに、WHO(世界保健機関)は家計所得から住居費用や光熱費、食費などを引いた自由に使える収入のうち医療関連の支払いが40パーセントを超える場合は、貧困に陥る可能性が非常に高い「破滅的医療支出」だと定義している。
この〈見直し〉案で大幅に引き上げられる自己負担上限額が仮に三カ月続くと考えた場合、どのような所得層であっても破滅的医療支出に陥る可能性が高そうなことは容易に想像できる。
しかも、上記報道では上限額を引き上げることによる保険料の軽減効果が年に1100円から5000円ということなので、一カ月あたりの金額に換算すれば92円から417円、ということになる。せいぜい一カ月あたり400円の負担軽減が、現行制度から1,7倍に引き上げられて13万9000円や44万円になる高額療養費の負担の重さとはたして釣り合うものなのかどうか。けっして難しい計算や微妙な天秤ではないだろう。












