プロレスの父、棚橋弘至さん
番組開始時はコロナ禍で、プロレスは無観客で行われていたため、選手と直接スタジオ収録をすることが難しい状況。
つまり初回収録は画面越しです。
企画は、選手の人となりを知るためのクイズでした。
それはもうドキドキで、飛び交う用語も何もわからないまま選手の顔と名前を必死に一致させる。正直、ほとんど記憶にありません。
ただ唯一、記憶に残っていることがあります。“こんな私にも、選手のみなさんが親身になってくださった”ということ。
プロレスのことは何もわからないし筋肉は苦手だったけど、プロレスラーは怖くないかもしれない…! そう感じた瞬間でした。
収録を重ねていくうちに、少しずつ選手一人一人のキャラクターを知りました。そうしていくうちに、不思議なことが起こり始めたんです。
苦手だったはずの筋肉が目に入らなくなり、代わりに“この人たちを応援したい”という気持ちが湧き上がってきました。
気づけば、プロレスに対する恐怖心は跡形もなく消えていました。
こうなるまでに一番お世話になったのは、間違いなく棚橋弘至さん。棚橋さんは私にとって“プロレスの父”のような存在です。
何も知らない私と同じ目線に立ってくださり、各選手の人柄はもちろんのこと、プロレス観戦の楽しみ方、技の成り立ちなど、幅広く学ばせていただきました。
棚橋さんがいらっしゃらなかったら、きっと今の私はない。心からそう思います。
そんな棚橋さんが、今年1月4日に引退されました。
正直、現役選手でなくなる日が来ることを想定できていませんでした。
引退を発表されてからは、プロレスファンの方にはご存知のとおり、東京ドーム大会が満員札止めになったり対戦相手がオカダ・カズチカ選手に決まったり。その中で段々と現実であるという現実を受け止めていきました。
ついに迎えた当日、私は控え室リポートの仕事を担当しました。いちファンでもある私は、正直かなりどんよりした気持ちで会場へ。
すでに棚橋さんはいらっしゃって、「三谷ちゃん!おはよう! 今日はよろしくね」と、いつもと変わらない笑顔で迎えてくれました。
ああ、悲しんでいる場合ではない。
ハッとさせられた瞬間でした。
プロレスについて取材をしていただくと、「棚橋さんのこぼれ話って何かありますか?」と必ず聞かれるのですが、本当に、どの瞬間を切り取っても皆さんが知っている棚橋さんそのもので。
どれだけ切っても変わらない、金太郎飴みたいな人なんです。
その変わらない安定感と可愛らしさが、人気の秘訣なんだと思います。引退を迎えたその日も棚橋さんはいつも通り。試合直前の控え室でも、いつも通り。尊敬の念がさらに強くなりました。
引退試合は、番組開始時からずっとお世話になっている番組スタッフのみんなと、わんわん泣きながら見届けました。
棚橋さんには、感謝の気持ちしかありません。
今更ですが、本当にありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。
私は、苦手な筋肉やプロレスへの恐怖心を凌駕する、選手一人一人の人柄に魅了されて『プロレスが大好き』になりました。
番組を見て私のような人が一人でも増えていたらいいな、と思います。
これから先も棚橋社長への恩返しの気持ちで、微力ながらプロレスを盛り上げていきます。
文/三谷紬













