すでに起こってしまった後の物語

東山 なんでこの小説を書こうと思ったかっていうと、それもやっぱり音楽がきっかけなんですよ。自分が若い頃に聴いていた音楽にだんだん興味がなくなって、新しい音楽を聴くようになってきた。それって何が違うんだろう、と思ったんです。
 僕は中学、高校時代、ずっとヘヴィ・メタルとかパンクばっかり聴いていたんですが、大学に入ってから、ローリング・ストーンズとかビートルズを経て、ボブ・ディランを聴くようになりました。それから長くボブ・ディランが好きだと言っていたんですが、いかんせん英語が分からないので、本当に好きなんだろうかと。それで今まで聴いてきた曲の歌詞をじっくりと読み直してみたんです。
 若い頃に好きだった音楽って、これから何かが起こりそうなわくわくする予感や、分かりやすい世界観を歌った曲が多い。たとえば若い頃に聴いていたパンクは、俺もこれからぼろいジーンズはいて、だぶだぶのセーター着て、ポケットにナイフ持って歩くんだみたいな感じの未来を見せてくれた。でも、年を取るとだんだんと自分にはそんな未来はないと気づくんですよね。
 その後に聴くようになった音楽はどうかというと、ずーっと長く何十年も聴き続けている音楽って、すでに起こってしまったことと折合いをつける歌詞が多いんです。
 ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」という曲がありますよね。成功して着飾ったり、得意げだった連中がそこから転がり落ちた後に、今、どういう気分だ? 転がる石になったのはどういう気分だ? みたいな感じの歌詞。そういう歌がどうやら僕は好きらしい。
 ジョニー・キャッシュの歌も、人を殺してしまった後の歌とかだったりする。ブルースもそうですよね。たとえば、ブルースを聴いて、これから俺はいっぱしの綿花摘み職人になるんだと思ったりはしない。
佐橋 むしろそこから逃げたい。
東山 そんな未来を否定したい。そんなふうに考えたときに、もう既に起こってしまった後のことを小説に書いてみたいと思ったんです。炳児に関して言うと、赤ちゃんのときに既に打撃は受けてるんですよ。母親に捨てられるという。彼はそのとき傷ついたかもしれないけれど、周りに愛情深い大人たちがいたからその後もすくすく成長していく。本来なら傷つくような大きな出来事が起こった後の、長いエピローグのような物語、派手なイベントに頼らない物語を書いてみたかったんです。
佐橋 なるほど。だからタイトルが『ママがロックンロールしてたころ』なんですね。最初はびっくりしましたよ。物語が始まってすぐにお母さんが死んじゃうじゃないですか。あっという間に。『ママがロックンロールしてたころ』というタイトルはどうしてなのかなと思いながら読んでいきましたね。
東山 タイトルは、ニック・ロウの「I Knew the Bride (When She Used to Rock and Roll)」からです。
佐橋 だよね。ニック・ロウから来てるんだ、やっぱり。

音楽から教わったことがたくさんある

東山 それと、短い文章で書かれたものすごく好きな小説で、ウィリアム・サローヤンの『僕の名はアラム』という本があるんですけど、この数年、僕はその支配下にあって、ああいう少年の物語を書きたいとずっと思っているんです。
 カリブ海の作家さんたちが書いた少年の物語もわりと好きです。V・S・ナイポールの『ミゲル・ストリート』とか。イギリスの植民地だった頃のトリニダード・トバゴの首都、ポート・オブ・スペインの下町を舞台にした小説です。
 少年の物語ではないけど、パトリック・シャモワゾーというマルティニーク島の作家さんもいいですよ。『素晴らしきソリボ』という小説があるんですけど、出だしからいきなりガッとつかまれるんですよ。「フォール=ド=フランスのカーニヴァルの夜、謝肉の日曜日と灰の水曜日の間に、語り部ソリボ・マニフィークは言葉に喉を搔き裂かれて死んだ」。
佐橋 すごい始まり方ですね。ということは、それ、翻訳されて日本で出てるということ?
東山 出てます。
佐橋 メモっておこう。
東山 ミラン・クンデラがこの小説を口承文学と記述文学の出会いだと評しているんですけど、語り部たちは文字を持たないから、我々小説家が使わない表現を使うんですよ。小説家だったら「西暦何年に何々があった」と書くところを、文字を持たない人たちは「何々大王のときの台風があった年」みたいな言い方をする。当然、言葉に喉を搔き裂かれることなんてないけれど、しゃべってるときにぽっくりいっちゃったことを、彼らはそう表現するんですね。
佐橋 言葉に喉を搔き裂かれる、という表現はすごいですね。そうかカリブ海にそういう文学があるんですね。音楽でもカリブ海をルーツにしたものはたくさんありますしね。
東山 音楽でいうと、伝えたいこととメロディーのギャップが僕にはすごく面白い。人殺しの歌をつくるとしたら、暗い感じの曲、あるいは攻撃的な曲になりそうだけど、ジョニー・キャッシュの歌はそうなっていない。メキシコにコリードって物語歌があるんですけど、そのジャンルの中にナルココリードというのがあるんです。ナルコって麻薬のことなんですけど、たとえば麻薬王の一生を陽気な感じで歌うんです。スペイン語が分からないから、聴くとウキウキするんですけど、下手をすれば、敵対するカルテルに殺されかねないんですよ。
佐橋 危ないな(笑)。
東山 陽気に歌ってる場合じゃない(笑)。自分が文章を書くときも、深刻なものを書きたいときにはちょっと軽い文体にして、ばかなことを書くときに重い文体にしたりします。それは音楽からの影響もあると思います。

さはし・よしゆき ◉ 1961年生まれ、東京都目黒区出身。1983年にロックバンド“UGUISS”で、エピックソニーよりデビュー。解散後は、セッションギタリストとして、数多くのレコーディング、コンサートツアーに参加。高校の後輩でもある“渡辺美里”のプロジェクトをきっかけに、作編曲・プロデュースワークと活動の幅を拡げ、“小田和正”「ラブ・ストーリーは突然に」、“藤井フミヤ”「TRUE LOVE」等への参加や、幅広いプロデュースワーク、クリエイティビティが高く評価される。2025年には、ザ・フィフス・アヴェニュー・バンドの中心人物、“ピーター・ゴールウェイ”とのコラボアルバム「EN」をリリース。同時に、40年を超えるキャリアを振り返った書籍「佐橋佳幸の仕事1983-2025 EN」を発売するなど、精力的に活動中。
さはし・よしゆき ◉ 1961年生まれ、東京都目黒区出身。1983年にロックバンド“UGUISS”で、エピックソニーよりデビュー。解散後は、セッションギタリストとして、数多くのレコーディング、コンサートツアーに参加。高校の後輩でもある“渡辺美里”のプロジェクトをきっかけに、作編曲・プロデュースワークと活動の幅を拡げ、“小田和正”「ラブ・ストーリーは突然に」、“藤井フミヤ”「TRUE LOVE」等への参加や、幅広いプロデュースワーク、クリエイティビティが高く評価される。2025年には、ザ・フィフス・アヴェニュー・バンドの中心人物、“ピーター・ゴールウェイ”とのコラボアルバム「EN」をリリース。同時に、40年を超えるキャリアを振り返った書籍「佐橋佳幸の仕事1983-2025 EN」を発売するなど、精力的に活動中。
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