献花式、ライブで実感した「亡くなったという現実」
祭壇に近づくにつれて、すすり泣く声が大きくなり、花を手向けた瞬間に感情があふれ出す。悲しみを抑えきれず、声を上げる人も少なくなかった。閉じ込めていた思いが、実感しなかった現実が、目の前の光景によって一気に解放されたかのようだった。
TAKUYAさん自身は、3月12日のLUNA SEAのライブで、改めてその現実と向き合うことになった。
ステージに置かれていたのは、二つのドラムセット。一つは真矢が叩くはずだったもの。もう一つは、その役割を引き継いだ愛弟子・淳士さんのものだった。
その光景だけでも十分に現実を突きつけられるものだったが、メンバーの言葉が、それを決定づけた。
「今でも真ちゃんからメールが来そう」と、ボーカルのRYUICHIが真矢さんの死に触れる。その“生の声”を聞いた瞬間、初めて「いないんだ」という実感が追いついてきたという。
このライブや献花式を通じて、多くのファンが同じように、喪失の現実を受け止めていったのだろう。
“推しの死”は、身近な人の死とは異なる形で、人の心に影響を与える。実感のなさと、強烈な喪失感。人は少しずつその事実と向き合っていく。
「彼女もSLAVE(LUNA SEAファンの呼称)なので、『あのときの真ちゃん、こうだったよね』って話ができることが、今の自分にとってはとても大きいです。あとは、一人の時間には、LUNA SEAの音源や映像を見ています。そうやって音楽に触れることも、大きな心の支えになっています」
もう新しい姿を見ることはできない。それでも、音楽や記憶は残り続ける。触れ直すたびに、新しい思い出として更新されていく。
その積み重ねが、やがて喪失を抱えたまま生きていくための、確かな支えになっていくのかもしれない。
取材・文/ライター神山












