「空白の一日」の代償
スーパーエリート江川卓の入団に対し、スーパー叩き上げの西本は心にどんよりとした重いものを感じていた。
二軍で泥と汗にまみれて熾烈な競争の末にようやく一軍に上がり、そこでも敗戦処理から数少ない登板でアピールして、ようやくローテーションに入れるかどうかの位置までこぎつけた。
それが、江川卓が入ってきてあっさりと一軍ローテーションの一枠をかっさらう。当然、心から祝福などできるはずがない。
江川自身も「当然、ローテションに入ると思っていた」と、実力的にも自分がローテーションの一角を担うことに何の疑問も持たなかった。むしろ江川にとってはローテーション云々よりもまずは上手く巨人軍に馴染めるかどうかが悩みの種だった。
入団したからハイおしまいというわけにはいかず、人間である以上、感情のシコリは残る。やはり世間を大騒ぎさせた「空白の一日」問題の末に巨人軍に入った代償は大きく、歓迎ムードを装うこともなくチームメイトは腫れ物に触るように扱った。
「こういうことを言っていいのかわかんないけど、王さんなんかもね、やっぱりちょっと敬遠というか……、真面目な方ですので。ましてや一緒にいた小林さんがいなくなりましたからね。
選手だけじゃなくて世間的にもいろんなところで騒ぎましたよね。そういう意味では、江川さんが自分で決めたことじゃないのでかわいそうでしたけど」
組織論に毒された周りの大人が勝手に動き進めたことで江川には非がない。それなのに江川ひとりが矢面に立って日本中からの罵詈雑言を受け止めている姿を見て、西本は気の毒にしか思えなかった。
周りの狡猾な大人たちが裏で率先して仕組んだくせに、江川ひとりに責任を被せる。西本は、スケールこそまったく違うにせよ、自分のドラフト時のことを思い出した。社会に出る前に“大人はずるい”と感じた瞬間だ。
どんな理由であれ、相手を裏切って落胆させてはいけない。ましてやプロ野球選手は子どもたちに夢を与える商売だ。
高校時代には驚愕させられ、巨人に入ってくることでいろんな意味で考えさせられる江川卓という男は一体何者なのか。まさか、終生のライバルとして何十年も語り継がれるとは、このときはまだ夢にも思わなかった。
文/松永多佳倫 写真/shutterstock













