面倒を見るべきは妻か親か

ところが夫が釈放されて間もなく、夫の兄が話をしたいと私を訪ねてきました。

「悦子さんには本当に迷惑をかけてしまって、なんてお詫びしたらよいか言葉もありません」
義兄は深々と頭を下げました。

「もういいんです。気にしないでください」
「真治と話をしましたか?」
「何のことでしょうか?」
「多分、真治からは言いにくいだろうと思って、私から話しに来たんです」

夫が私に言いにくいこととは一体どんなことだろう……。

「真治は、うちの会社で預かろうと思いまして」

あまりに予想外の義兄の提案に、私は驚きを隠せませんでした。

写真はイメージです(PhotoAC)
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「え? どういうことですか?」
「悦子さんに良くしていただいていることには感謝しています。ただ、奥さんに雇われている身分というのは世間体が悪い。真治はそれを気にしているんです」

世間体が悪いといったって、自立できないんだから仕方がないじゃないか……。私はそう反論したかったのですが、口には出せませんでした。

「親の会社っていうのもなんですが、奥さんのところよりは……」
ヒモよりニートがマシということか……。

「それで、真治は私と別れたがっているのでしょうか?」
「いや、そこまでは……。うちとしましては、真治はうちの会社で働いてもらい、働いた分の給料は支払います。その方が悦子さんにとってもいいのではないかと思いまして。もっと早く、そうしておくべきでした。本当に申し訳ございません」

義兄はそう言って、何度も深々と頭を下げました。普段、人に頭を下げるような地位にはいない人なのに……。

それでも私は夫と離婚するつもりはありません。ただ会社は別々になり、夫のプライベートへの干渉を減らすよう心掛けるようになりました。自分の給料で、女性のいるお店に通うくらいは我慢することにしました。性犯罪を起こされるより、よっぽどマシです。

夫にとって私は性的対象でないことには気が付いていました。私にとって夫は弟のような存在で一緒にいると居心地が良く、私の側を離れて欲しくありませんでした。

その思いが強すぎて、友人との交流やマスターベーションにまで口を出して制限していたのです。ふたりでカウンセリングを受けるようになって、こうした家庭内のストレスが夫の犯行の原因だったことに私は気づかされました。

写真はイメージです(PhotoAC)
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夫は四十歳を過ぎていますが、未だに司法試験に受からないどころか、何の資格も取得できてはいません。親の会社で事務職に就いていますが、月給は十五万ほどで家賃や生活費は私が負担しています。

世間から見れば頼りない夫かもしれませんが、経済力のある父や兄には当然のように愛人がいました。私は妻として、そういう屈辱だけは味わいたくないのです。だから、夫のようなヒモ体質の男が丁度いいのでしょう。

文/阿部恭子 サムネイル/Shutterstock

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阿部恭子
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