※本書で紹介する事例は個人が特定されないよう修正を加え、登場人物はすべて仮名とする。
男性家族に奪われた未来──鈴木悦子(40代)
私の父親は都内で大企業の顧問をしている弁護士で、兄も弁護士をしています。兄はそこそこ有名な私立大学にやっとのことで入学し、十年くらいかけて司法試験に合格しました。
私は幼い頃から兄より成績優秀でした。しかし、我が家の家訓は「女は男を立てなければならない」。したがって、なかなか大学にさえ受からない兄を差し置いて、私が大学を受験することは許されず、まして司法試験など受ける資格はありませんでした。
「妹がお兄ちゃんより優秀だったら、お兄ちゃん傷つくでしょ」
母はいつも私にそう言って、勉強より家事やお洒落に力を注ぐことを勧めました。
この家の女性たちは職業選択の自由と引きかえに、働かなくても生きていける特権を与えられるのです。
高校卒業後、私は父の経営する法律事務所で手伝いをさせられることになりました。弁護士や大企業の社員とのお見合いを嫌というほど勧められましたが、私は断り続けていました。
父には愛人がいましたし、母に手を上げることもしばしばでした。兄も同じです。学生時代、女性を妊娠させたという話も聞いています。家族が紹介してくる男は、似たり寄ったりに違いありません。私は家族から解放されて自由を手に入れたいと思い税理士の資格を取得し、いずれ独立するつもりでした。
事務所にアルバイトに来ていたのが現在の夫・真治です。私と同い年の真治は、司法試験受験生と聞いていました。
真治の父親は顧問先の会社の社長で、真治は典型的な金持ちの甘やかされた息子です。アメリカの大学を卒業しているのですが、おそらく、日本に入れる大学が見つからなかったのでしょう。
こんな男性に一流企業への就職は無理ですし、司法試験でも目指しているといった言い訳が必要だったのでしょう。働かなくたって困ることはないでしょうが、それでも男性が家でフラフラしているのは世間体が悪い。そこで週に三回、うちの事務所でアルバイトをすることになったようです。
彼は勉強ができないだけで、背が高く顔立ちもいいので、女性社員から好かれていました。コミュニケーション力も高く、私がこれまで出会ってきた男性にはない魅力に溢れていました。
しかし、残念ながら私は美人とか、可愛らしいというタイプの女性ではありません。彼の関心はいつも、事務員のお嬢様タイプの女性に向けられていたことはよくわかっていました。それでも私は、彼を自分のものにしようと諦めませんでした。
依存心が強く、とてもひとりで生きていくことができない彼にとって、私はきっと必要とされるに違いないと思っていました。
私は父に彼との縁談を進めてもらいたいと、彼の父親に頼んでもらいました。彼は三十歳を過ぎて未だに無職です。それでも未婚より結婚していた方が社会的な信頼が得られるはずです。
真治が好意を抱いている女性たちは、彼のような男性より経済的に自立した男性を求めていました。たとえ実家が裕福であっても、あえてニートを旦那にしようと思う女性は少ないでしょう。男性並みに稼ぐ私なら、彼に仕事を与えることもできるし、彼の相手に相応しいと思ったのです。
案の定、彼は私との結婚を選ばざるを得ませんでした。
私は事務所内に自分専用の部屋をもらうことができ、夫は私の仕事を手伝い、休みの日はそこで受験勉強をしていました。朝から晩までずっと一緒の生活です。結婚したことで彼を誰かに取られる心配もなく、私はとても幸せでした。













