スローメディアの重要性
近年、速報性を優先したストレート・ニュースを発信するメディアだけではなく、綿密な取材や洞察に基づいたコンテンツを発信するスローメディアの重要性が高まっています。
スローメディアはスローフード運動に影響を受けており、まさに食事と同じく情報の量や提供される速さよりも質を重視しています。
米メディア「ニューヨーカー」「ニューヨーク・タイムズ」「アトランティック」などは、即時的な内容を伝えるよりも情報の信憑性や独自の深い分析を信条とし、長編記事が多く掲載されています。
また、日本国内の情報だけだとどうしても視野が狭くなりがち。事実、デジタルデトックス(以下、DD)に関しても海外メディアのほうがいち早く取り上げていたのに対して、日本でDDについての報道をよく見かけるようになったのはコロナ禍以降のことでした。
今はネット上で記事を翻訳して読むこともできるので、海外のニュースメディアを覗いてみるだけでも発見が得られるでしょう。人と異なる情報を摑むことは、人生においても大きなアドバンテージになります。
スローメディアは、読み応えのあるボリュームの記事が多く、確かに記事を読むには労力を要します。しかし、ゆっくり咀嚼しながら読むからこそ得られる学びや気づきもあり、自分自身の栄養になります。食事と同じく、「よく噛んで食べる」ことは大事なのです。
ネットの情報は大量だけど、均一的
DDの必要性について懐疑的な人たちからは、「DDをしているとデジタル上で有用な情報を得る機会をみすみす逃してしまう」と意見をいただくことがあります。確かに、こういった気持ちになるのもわからなくはありません。
しかし、情報というのはデジタル上で見かける記事や動画といった類のものに収まりません。誰かと話していて得られる気づきも情報ですし、自分の内から発せられる体感や直感のようなものこそ、見すごすべきではない情報です。
情報を「私たちが行動をする際の判断基準となるもの」だと定義すると、情報に類するものは非常に幅広く、中には「論理的には説明がつかないもの」も含まれます。「第六感」などが、まさにそうですね。
そもそも、自然界で得られる情報は五感を通して感じられるのに対し、デジタル上で用いるのは視覚と聴覚と極めて限定的です。スマホを手放してみるだけで、実は身の回りには(あるいは自分の中には)たくさんのリッチな情報があることに気づくはずです。
現代のデジタル社会においても、情報の流通量だけで言えば非常に多いのでリッチな情報といえるかもしれません。しかし、ほとんどはデジタル上で多くの人に届けるために最適化されるので似たような形が取られています。つまり表現としては、「均一的な情報が大量にある」が正しいでしょう。
たとえば、書籍や記事でよく見る「〜が〇割」「〜するための〇つの方法」といった紋切型の見出しもその一つ。ひとたびこのような見出しが多くの人の注意を引くとわかると、似たような見出しが大量に出回るようになります。
これは見出しだけでなく、コンテンツそのものにも同じ傾向が当てはまります。ネット記事では「まとめ記事」やリスティクル記事*が増えましたが、これも大量かつ均一的な情報をいかに整理して、効率よく消費してもらうのか考慮された末に生まれたコンテンツ形態です。
*リスティクル記事:list(リスト)とarticle(記事)から成る造語。「〇〇のための10の方法」などの見出しをつけた事実のみを列挙したまとめ記事。
文/森下彰大 写真/shutterstock













