「ストレートは低めからググッとホップ、カーブは90度に曲がる」
名門がなりふり構っていられない状態だった。毎年全国制覇を狙っているあの銚子商業がファアボールの走者が出ただけで安堵するとは、江川はどんな球を投げていたんだ!?
まぎれもなくこの試合に限って江川卓は、日本一“凄い”球を投げていた。作新の小倉が言う。
「銚子市営球場はよくホームベースからバックスクリーンに向かって海風が吹くんですけど、普通は追い風の時にピッチャーは速くなりますが、江川の場合はスピンがもの凄く利いているため向かい風だとボールが浮き上がってくる感じになるんです。
銚子商業戦の時も向かい風の海風が吹いており、江川の球が低めからググッとホップするんです。カーブはカーブで90度に曲がるくらいブレーキ鋭いし。向かい風だったから20三振もできたんです」
心・技・体、すべてのコンディションがピークに達し、その相手がたまたま銚子商業だった。そんな単純なことではない。センバツをかけた大試合。今まで三回の甲子園をフイにした江川は、是が非でもこのチャンスをものにしなければならない。
自分に言い聞かせなくとも周りを見ればわかる。無言の圧が嫌というほどのしかかってきてる。逃した三回とも不慮のアクシデントやサインミスによるエラーといった“不運”“悲運”というありきたりな言葉で片付けられること自体、癪に触った。
周りからそんな目で見られるのも嫌だったし、負のスパイラルに陥るのだけはなんとしても避けたい。チームとして自力をつけるしか勝ち続けることはできないことを知った。
そして新チームが始動し激変した。貧打の作新のイメージが完全に払拭された。関東の強豪チームと戦った三試合の関東大会にいたっても、チーム打率三割一分七厘、1試合平均得点6.6点、もはや打撃の作新と言ってもはばからない。
江川の投打の負担も減り、バックを信頼して安心して投げられる。そして最後立ちはばかるのが名門銚子商業。すべてお膳立てが揃った。野球の神様が甲子園行きの最後の試練として、また江川が本当に怪物の称号を与えるのに相応しいかどうか、銚子商業をぶつけたのだ。そして江川は真の“怪物”となった。
文/松永多佳倫













