ピンク・レディーがアメリカ進出した際に強いられた露骨な路線とは…当時求められた「ジャパニーズ・ガール」への即物的な欲望
戦後、日本の文化は海外での成功を夢見てきた。音楽や映画、文学、演劇といったジャンルで、世界的な知名度を得ている作家や作品は出現したものの、日本カルチャー全体が「輸出商品」として盛り上がっているとは言い難い。70年代の日本の芸能界を席巻したピンク・レディーのアメリカ進出を振り返り、日本文化が世界的に流行するための条件を考察する。
批評家の佐々木敦氏が日本文化の可能性を問い直す書籍『メイド・イン・ジャパン 日本文化を世界で売る方法』より一部を抜粋・再構成してお届けする。
メイド・イン・ジャパン 日本文化を世界で売る方法 #1
「日本の日本性」
そのせいなのかはわかりませんが、ピンク・レディーは1980年春にアメリカから帰国し、再び日本で活動することになりますが、同年9月に7ヶ月後の解散を宣言、1981年に解散に至ります(その後、2人はソロ歌手/俳優に転向、何度かピンク・レディーを再結成した後、2010年に解散を完全に撤回して、それ以後はマイペースで活動しています)。
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ピンク・レディーのアメリカ進出は、セールスやプレゼンスという面では一定の成功を収めたと言えるでしょうが、いかにもありがちなパターンに嵌ってしまった感は拭えません。
「SUKIYAKI」との決定的な違いは、もちろん英語で歌わざるをえなかったということです。
先に述べたように坂本九も英語詞で歌い直すことになる可能性もあった。そうなっていたら果たしてあれほどの結果になっていたでしょうか?「Kiss In The Dark」もけっして悪くはないのですが、「SUKIYAKI」のように曲がひとり歩きして大ブレイクするという流れにはならず、なりようもなかった。
それにピンク・レディーの場合、日本側もアメリカ側も「日本」を意識しすぎたと言えます。それが売りだと、それこそ(それだけ)がセールスポイントだと思ってしまった。
確かにそれはそうなのですが、ここには考えるべき逆説(?)が宿っているように思います。
ピンク・レディーの例に限らず、カルチャーにおける「日本の日本性」は両義的であり、それを頼りにするしかないとも言えるし、しかし頼りにしすぎると罠に落ちてしまう。
戦略的に振る舞おうとしても、うまく機能しない場合もあれば、向こうの勝手な誤解や偏見が、思わぬ結果を導き出すこともある。
メイド・イン・ジャパン 日本文化を世界で売る方法
佐々木 敦
2025年11月17日発売
1,034円(税込)
新書判/240ページ
ISBN: 978-4-08-721387-4
戦後、日本の文化は海外での成功を夢見てきた。音楽や映画、文学、演劇の世界で、世界的な知名度を得ている作家や作品はあるものの、日本カルチャー全体が「輸出商品」として盛り上がっているとは言い難い。
日本文化が全世界的に流行する日は来るのだろうか。そのための条件とは一体なにか。
K-POPの成功に学ぶ戦略、英語という壁、外から見出される「日本らしさ」、そしてローカル性と普遍性のせめぎ合い――。
NewJeansやXG、村上春樹や多和田葉子、濱口竜介や是枝裕和、岡田利規など、さまざまな作品を通してグローバル時代の日本文化の可能性を問い直す。
【目次】
序章 「日本/文化」の条件
第一部 日本文化はどう輸出されてきたか
第一章 「英語」の乗り越え方 ──K-POPは世界を目指す
第二章 日本文化と英語化 ──ニッポンの音楽は「世界」を目指す
第三章 ニッポン人になるか? ガイジンになるか? ──XG vs. Idol
第四章 「輸出可能」な日本らしさ ──GAKKO!・白塗り・ノスタルジー
第五章 外から見出される「日本らしさ」 ──テクノ・ジャポニズム
補論 「洋楽離れ」から遠く離れて
第二部 日本文化はどう世界に根づくのか
第六章 日本文化の「あいまい」さ ──川端康成vs.大江健三郎
第七章 日本文学が海を越えるには ──村上春樹がノーベル文学賞を獲る日
第八章 ローカルな普遍性はどう生まれるのか ──是枝裕和と濱口竜介
第九章 ローカルから「世界」を描く ──チェルフィッチュの「日本」
第一〇章 言語の越え方 ──チェルフィッチュの「日本語」
とりあえずの終章 日本文化はどこにいくのか?