米倉涼子、衝撃の初スキャンダルは?

今後、起訴されるか不起訴になるかは検察の判断によるが、米倉と半同棲状態だったX氏が日本に帰国しないことでマトリの捜査は難航し、長期化したようだ。

「マトリは押収した複数の“ブツ”の所有者がXなのか米倉なのか、ウラどりも含め時間をかけてきた。Xは予定していた帰国を何度も延期、日本にはもう帰って来ないでしょう。米倉は、マトリの取調室に車で何度も通ったようでゲッソリと痩せていたようです、プライベートでは今までも多くの男性に振り回されてきた米倉だが、今回は今まで以上に窮地にたたされている」(週刊誌記者)

27年間所属した大手事務所を退社し、2020年4月に個人事務所を立ち上げた米倉。芸能界デビューは1992年、所属事務所主催の「第6回国民的美少女コンテスト」の特別賞を受賞したことがきっかけでファッション誌のモデルとして活躍し、1995年には写真週刊誌などが水着写真を掲載。翌1996年にはビール会社のキャンペーンガールとして美しいハイレグビキニでジョッキを持つ姿を披露し多くのファンをつかんだ。

2020年に事務所を独立した米倉涼子(米倉氏のSNSより)
2020年に事務所を独立した米倉涼子(米倉氏のSNSより)
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「キャンギャルを終えた後に、事務所から『ドラマにでないか?』と誘いを受け、当初は『ぜぇ〜ったい、やだ』と答えていたようだが、ボイトレをはじめ演技などのレッスンを受け、2000年には初ドラマ『恋の神様』(TBS系)に出演。それ以降は化粧品のCM出演や立て続けにドラマに出るなど、女優として瞬く間に大人気になりました。

最も忙しかった時は約1か月間にわたり仮眠だけでベッドで寝たことがないほどの忙しさでした。そんな最中でしたね。『FRIDAY』が衝撃の初スキャンダルを報じたのは…」(芸能記者)

2000年9月8日発売号の『FRIDAY』では「米倉涼子は『覚醒剤オトコ』と不倫・半同棲していた!」と衝撃的なタイトル。夜10時に男友だちと外出しようとする米倉に記者が、「米倉さん。フライデーです」と声をかけると、「なんなの〜やめてよ〜」と憮然と言い放つが、「Aさんをご存知ですよね」と、かつての交際相手と思しき男性の名を言うと、米倉の態度は豹変。取り乱した声で「やめてくださいッ」と連呼し、自宅に帰ってしまったのだという。

米倉涼子氏(本人SNSより)
米倉涼子氏(本人SNSより)

同号の『FRIDAY』では、「A氏と米倉はモデル時代に交際していた」としながらも、以下のように記述されている。

「A氏とつき合っていたと言う頃で、家宅捜索もされ、警察で事情聴取も受けています」(警視庁関係者)

当時の取り調べの結果、警察は彼女を“シロ”と判断している。