高齢化する訪問介護の支え手たち
介護業界の人手不足は、特に「訪問介護」の現場において深刻さを極めています。2023年、施設職員の有効求人倍率が3.2倍だったのに対し、訪問介護のヘルパーは15.5倍。これは、求職者一人に対して15件以上の求人があるということを意味します。人手不足というレベル感ではもはやなく、業界として破綻寸前といっても過言ではないのです。
なぜ、訪問介護がこれほどまでに敬遠されるのか。その理由は単純で、肉体的な過酷さと、「精神的なプレッシャー」だと思われます。ヘルパーは利用者の自宅で、そして多くの場合、家族の目の前でケアを提供しなければならないことになります。
その結果、「もっとやってほしい」「そこまでやるのが当然」といった家族からの過剰な期待。いわば介護現場におけるカスタマーハラスメントを受けることも少なくない、というわけです。
さらに、訪問介護を担うヘルパー自身が高齢化しているという問題もあります。2023年の調査では、訪問介護員の平均年齢は54.4歳、65歳以上が全体の25%を占めます*4。なかには70代で現役のヘルパーも少なくない実情があります。ここにもDX/ICT化が進まない直接的原因があるのです。
私自身も子どものころ、祖母が介護を受ける姿を間近で見ていました。床ずれを防ぐため、夜中でも数時間おきに寝返りを打たせる体位変換は、大人でもかなりの体力を要する作業でした。これを高齢のヘルパーが担う現実に、誰が見ても「いつかは破綻する」と思えてしまいます。
ICT化できない現場
人手不足の介護現場を救う切り札として、国が旗を振って進めてきたのが「介護ICT化」です。2024年4月、厚生労働省は介護報酬改定で「生産性向上推進体制加算」を新設し、ICT機器を導入した介護施設には月ごとに報酬を加算する制度を設けました。対象は「見守り機器」「介護記録の電子化」「職員間のインカム」─いわゆる「介護ICT三種の神器」です。
制度上は、導入すれば報酬が上がる。でも、現場でそれを使えるかどうかは別問題です。たとえば「見守り機器」。安価なカメラ式機器が多く導入されましたが、視野が限られたり、アラートが頻発して対応業務が激増したり、結局使い物にならなかった例は多く、実際には倉庫に眠っているという話は複数聞いたことがあります。記録アプリも、「高齢の訪問ヘルパーには操作が難しく、入力せず紙に戻った」などの声があとを絶ちません。
インカムについてはもっと極端で、ある施設ではWi-Fi環境すら整っていないのにインカムだけが先に導入され、スタッフは常時身につけさせられたものの、実際の連絡はこれまで通りPHS─という笑うに笑えない事例もありました。
もちろん、技術が悪いわけではないのです。ただ、「制度のための導入」が先行し、「現場で使える設計」が追いついていない。本当に現場に役立てるには、導入後の教育やフォローアップ、そして高齢の職員にも使える圧倒的にシンプルな設計思想が不可欠だと思われます。でなければ、どれだけ機器を導入しても、それは倉庫に眠る宝の持ち腐れになってしまいます。