LUNA SEAの美学が詰まった歴史

なかでも印象的だったのは、14年ぶりの東京ドームワンマン「覚悟の夜」でのMCだ。SUGIZOはこのとき、「次にこの場所に立つときは、俺たちの誰かがこの世から居なくなったときだと思っていた」と語っていたが、いま改めてこの言葉が、重みを持って響いてくる。

「当時はRYUICHIさんが快復に向かう中で少しセンシティブに感じられましたが、今では完全に理解でき、得心がいきます。『覚悟の夜』というタイトルが生半可なものではなかったと痛感します」(名盤ラジオさん)

商業的に見れば、真矢の病状を先に公表していれば東京ドーム公演の集客や収益はさらに伸びただろう。

だが、それをしないのがLUNA SEAだ。1992年のメジャーデビュー以来、タイアップ全盛の時代にノンタイアップで突き進み、ついに1994年に「TRUE BLUE」でオリコンシングルチャート1位を獲得した。常に自分たちの美学を貫き続ける姿こそが、LUNA SEAなのだ。

“理事長”のTAKUYAさんはファンとして、最後にこんな言葉を語ってくれた。

「真矢さんがファンのために、ツアー、レコーディング、イベント、そして東京ドームをやっていただけたことに心から感謝しています。これからは、僕達が応援します! 真矢さんは絶対に帰ってきます」

ドームに集まった黒服のファンたち
ドームに集まった黒服のファンたち
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ファンがいま願っているのは、ただひとつ――5人そろった音をもう一度聴くこと。LUNA SEAという人生がこれからも続くよう、真矢の復活を祈り続けたい。

取材・文/ライター神山