「おかしい、絶対あいつら、おかしい」

ストライキ当日は、全国各地で選手たち、名古屋では中日と巨人が、横浜では横浜と広島のそれぞれが呉越同舟で合同サイン会を行った。札幌では日本ハムのヒルマン監督もまたファンサービスに努めた。

2日目は選手会主催のファンイベント「みんな野球が好きなんだ」が東京・銀座のヤマハホールで行われた。選手が壇上から、「皆さん、ストライキを起してしまってすみません」と謝ると、ファンは「選手会絶対支持」と書かれたプラカードで応えた。

古田が登場すると、ひと際大きな歓声が上がった。観客は口々に「野球のために立ち上がってくれてありがとう!」と感謝の言葉を送り続けた。その後はもう、選手は何のシナリオも無い中でトークを回していった。

メディアもまた「中途半端なシーズンの終わり方は、ファンの野球熱を冷ましてしまう。不毛なストの代償は、極めて大きい」と社説で書いた読売新聞以外は概ね、好意的な論調であった。

そしてストの効果はてきめんであった。翌週23日の折衝になるとNPB側は「新規参入を考える」とついに妥結した。スタジアムでは、折衝から駆けつけて来た古田がユニフォーム姿で現れると、ヤクルトの対戦チームの間からも「古田!」「古田!」の大コールが巻き起こった。

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そして新規球団参入審査の結果、11月2日に新球団・東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入が決定し、12球団制が維持された。

20年後のいまのプロ野球界のこの隆盛はどうだろう。12球団は巨人戦の放映権料に依存することなく、それぞれの経営努力による発展を遂げ、観客動員数も飛躍的に伸ばしている。

古田がかつて予想していた新しいビジネスの形態が成就している。何より、ストがなければ楽天球団は存在せず、パ・リーグの熱気は生まれていなかったはずだ。

古田は言う。

「あのときは、交渉をあきらめたらプロ野球は終わりだと思っていたんです。僕だけのダメージじゃなくて、球界全体が失望される。必死でしたね。僕は天命なんて思っていません。もっとカリカリ、ガリガリ生きていましたよ。『おかしい、絶対あいつら、おかしい』と思いながら(笑)。もうちょっと俗っぽい話ですよ、本当のこと言うとね」

俗っぽい話にまみれながら、古田はこの年、打率306、本塁打24本を記録している。

文/木村元彦

労組日本プロ野球選手会をつくった男たち
木村 元彦
労組日本プロ野球選手会をつくった男たち
2025/11/6
2,200円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4797674712

初代会長の中畑清、FA制度導入の立役者・岡田彰布、球界再編問題で奮闘した古田敦也、東日本大震災時に開幕延期を訴えた新井貴浩、現会長の曾澤翼など歴代選手会長に聞く、日本プロ野球選手会の存在意義とは。

2025年現在から40年前の1985年11月に設立された「労働組合日本プロ野球選手会」。
一見、華やかに見える日本プロ野球の世界だが、かつての選手たちにはまともな権利が与えられておらず、球団側から一方的に「搾取」される状態が続いていた。そうした状況に風穴をあけたのが「労働組合日本プロ野球選手会」であった。大谷翔平選手がメジャーリーグで活躍する背景には、彼自身の圧倒的な才能・努力があるのは言うまでもないが、それを制度面で支えた日本プロ野球選手会の存在も忘れてはならない。
選手たちはいかに団結して、権利を獲得していったのか。当時、日本プロ野球の中心選手として活躍しながら、球界のために奮闘した人物や、それを支えた周りの人々に取材したスポーツ・ノンフィクション。

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