お米の炊き方もわからずパニックに
ポリフォニーの卒業まで数か月になったある日、94歳の父親が体調を崩して入院。西沢さんは61歳で、初めての1人暮らしになった。
「もうパニックですね。うちのどこに何があるのかもわからないし、何から手をつけていいのかわからない。お米の炊き方もわからないから、入院している父の病室で、カップに何合入れたら何合っていう線のところまで水を入れればいいって聞いて。
あとは総菜を買ってくればいいんだけど、最初は怖くて買いに行けなかったんです。何が食べたいのかもわからなくて、どれを買っていいかわからないし。それまでは、父が用意したものを食べるだけだったから」
ポリフォニーに通い始めてから、他の利用者と昼食を買いに行くなど、少しずつ買い物はできるようになっていた。夕飯用に職員が作ってくれた一週間の献立が家の冷蔵庫に貼ってあったので、父の入院後しばらくは献立通りに買ってきて食べていたという。
父親が死ぬなんて全然考えていなかった
入院から数か月で、父親が肺炎で逝去。兄は精神の病で喪主ができなかったので、西沢さんが代わりに務めた。あいさつ文はポリフォニーの職員が一緒に考えてくれたという。
「“親は先に逝く”というのは頭ではわかっていても、うちの父親が死ぬなんて、全然考えていなかったです。今でもまだハンガーに父のジャンパーとか掛けているんですけど、これ着ていたのに、何でいないのかなと……」
そんな状況からどう立ち直ったのかと聞くと、「立ち直ってはいないですね」と否定する。
「父が亡くなったときのまんまっていうか。逆に落ち込むことはあります。たまに手を抜いて埃だらけの階段とか廊下を見ると『ダメだな俺は』と思いながら、誰かがやるだろうっていう甘えが、どっかにまだ残っている。父や母は、もう家にはいないのにね」
だが、自分が甘えていると気がついたのは大きな一歩だ。「甘えていると、いつ気が付いたのですか」と聞くと、西沢さんは1分以上押し黙った末に、泣きそうな顔で言葉を絞り出した。
「もうずっと前から、甘えることしかできてないって、感じていました……。亡くなってしまった父は戻らないし、母ももう昔みたいには戻らない。謝っても、謝りきれないです。いたたまれない気持ちになって、1人で号泣するときもあります」
ポリフォニー代表理事の時田良枝さんによると、父親は生前、時田さんに「敦司君は何もしてくれない。犬の散歩くらい行ってくれたらいいのに」など愚痴をこぼすことがあった。時田さんが「本人に直接言ったらいいじゃないですか」と勧めても、息子に「こうしろ」とは絶対に言わなかったという。
ひきこもる子どもを持つ親の中には、子どもを無理やり変えようとする人もたくさんいるが、そうはしなかった。だからこそ、西沢さんは人とつながることができたのではないかと時田さんは感じたそうだ。