メンバーシップ型雇用の「負」の側面
河野 かつての「成果主義」と同様で、ジョブ型と称した新しい制度の導入によって、賃金が上がるどころか、むしろ多くの人の賃金水準を押し下げる心配もありますよね。
唐鎌 おっしゃる通りです。ジョブ型というのは、働き手の視点から言えば、自分の仕事に値札を付けて、労働市場に飛び込むということです。
たとえば、新卒で日本の大企業に入って働き続けている40代の人に、「あなたの仕事に値札を付けて、転職活動をしてみてください」と言って会社の外に出てもらった場合、多くの人は転職先を見つけられたとしても、残念ながら転職前よりも年収が下がるケースが多いのではないかと思います。
日本企業の働き方が、定期的な配置転換(異動)を前提とするジョブローテーションを基本としている以上、一定の専門性を蓄積し、それが評価されるような人材は構造的に出現しにくいはずです。
あくまでメンバーシップ型の仕組みは「会社の中で幅広い知識を持つゼネラリストを育て上げる」という目的があると思いますし、そこにも大きな意味があると思います。
極端な話、私のような人間ばかりで大企業が回るはずがありません。ゼネラリストは企業「内」労働市場では大いに価値のある人材に違いないですし、必要不可欠な存在だと考えます。
しかし、ゼネラリストというのは、意地悪な言い方をすれば、特定分野に関しては素人にとどまります。よって、企業「外」労働市場で明確な値札が付くような人材にはなりにくいと思います。
それが悪いという話ではなく、メンバーシップ型が向いている人もいれば、ジョブ型が向いている人もいるという話だと思います。私は後者だったというだけで、前者だったという人も私はたくさん知っています。
重要なことは、これまでメンバーシップ型でやってきた人をいきなりジョブ型に移行させても、今まで以上の高値が付く、つまり賃金が上昇するということは論理的に起こり得ないということです。
河野 たしかに、ある特定の企業に長く勤めているからこそ、その人の能力が発揮され、年収1200万円という報酬を与えられているのであって、急にその組織を飛び出して、業種や規模が異なる会社に行って「私、部長ができます」と手を挙げても、同じ金額の賃金を期待することは難しいでしょうね。
唐鎌 こうした現実を無視して、ジョブ型雇用へのシフトが賃金上昇のための処方箋であるかのように語るのは、筋違いだと思います。
頻繁な配置転換や退職金、年金支給額など、各種インセンティブ設計を工夫することで、従業員を長く組織内にとどまらせる現象を「エントラップメント(囲い込み)効果」と呼ぶそうです。
実際、定期的に担当職務が変われば、専門性の蓄積は難しくなり、労働市場でのアピールも困難になるでしょう。企業「内」労働市場での価値は保全されても、企業「外」労働市場での価値は失われる。だから転職が難しくなる。
しかも、長く在籍したほうが退職金も年金もたくさんもらえるとなれば、余計に転職への意欲は薄れるでしょう。これらはメンバーシップ型雇用の「負」の側面の一つとは思います。
たとえば、とある有名企業にお勤めの方から聞いた話では「35歳以上にならないと海外留学できない」という制度があるそうです。これは帰国後に40歳近くになっていれば、転職できないだろうという算段だそうです。エントラップメントを企図した仕組みと感じます。
もちろん、「安定した雇用を求めるなら、ある程度の不自由さは受け入れるべき」という考え方も理解できます。しかし、そのバランスをどこで取るかが重要だと思います。
ちなみに余談ですが、昨今「若年世代が手を挙げれば、必ず留学はできるようにしている」という会社も珍しくないようです。それほど若手は稀少な人材になっているという証左ですが、超氷河期世代の私からすると、隔世の感を覚えます。