「ジョブ型雇用」で賃金が上がるわけではない

唐鎌大輔(以下、唐鎌) 近年、日本企業の中には、長年続いてきたピラミッド型の長期雇用制度、いわゆる「メンバーシップ型」の働き方を見直し、あらかじめ仕事内容を明確に決める「ジョブ型」を導入しようとする動きが散見され始めています。これはこれで功罪あるとは思いますが、変化があること自体、私は肯定的に見ています。

しかし、その議論の中で、メンバーシップ型が「悪」で、ジョブ型が「善」であるかのように単純化されている印象もあって、これには危うさを覚えています。このジョブ型の導入について、河野さんはどうお考えですか。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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河野龍太郎(以下、河野) まず、念のために説明しておくと、日本の大企業を中心とする年功序列型の長期雇用制を「メンバーシップ型」と呼びます。一方で、日本の多くの中小企業や非正社員、あるいは諸外国で企業規模や雇用形態を問わず、広く採用されている雇用制が「ジョブ型」です。海外の雇用制は、ジョブ型と言って差し支えないと思います。

私自身は、日本の長期雇用制にガタがきているのは認めますが、メンバーシップ型がすべて悪いとは考えていません。イノベーションを起こすには人的資本が非常に大事であり、長期間、同じ会社で働いて、現場や顧客についてよくわかっている人たちを重用しているからこそ、イノベーションが可能になる部分があります。

ただ、メンバーシップ型雇用に問題がないわけではありません。というのも、メンバーシップ型の長期雇用制においては、優秀な人材の幹部への選抜があまりにも遅すぎるからです。

たとえば1990年頃の大企業では、入社後、課長になるのに15年、部長には20年かかると言われていました。その後、寿命の延びに伴い退職年齢が引き上げられた結果、ベテラン層がピラミッドの上部に集中し、今では課長になるのに20年近く、部長になるのに25年近くもかかるようになってしまいました。これでは、あまりに遅すぎです。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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1990年代後半以降、テクノロジーの進歩が加速し、技術の陳腐化も早まっているため、本来なら幹部への選抜のタイミングは早めるべきでした。しかし、現実には真逆のことが起きていたわけです。

人材の選抜をより早い段階で行うことは、企業にとっても働く個人にとっても、よいことではないかと思います。ただ、日本企業が導入している早期選抜は、メンバーシップ型を前提にしているので、海外のジョブ型とはまったく異なる仕組みです。それでも最近では、こうした早期選抜のことを「日本版ジョブ型」と呼んでいるようですね。

唐鎌 私も、旧来のメンバーシップ型の雇用がすべて悪いとは思いません。会社の繁閑に応じて、新規に人を採用するのではなく、既存人員の残業や配置転換で乗り切るというのは、日本企業の強みでもあったと思います。

しかし、そのような働き方が現役世代に負担を強いるのは間違いなく、労働者の稀少価値が上がっている今の時代にはそぐわなくなっていると感じます。

最近の議論で特に違和感を覚えるのは「ジョブ型を導入すれば、賃金停滞も解決できる」という風潮です。「働き方」を変えれば、「賃金水準」が一気に変わるかのような議論は危険と言わざるを得ないと思います。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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ジョブ型かメンバーシップ型かという議論は、あくまで「働き方」の問題であって、「賃金水準」を引き上げる妙手ではないと思います。この2つを混同したまま議論するのは、適切ではないはずです。

その上で、「メンバーシップ型の仕組みに馴染めなかった人たちのためにジョブ型を導入し、それぞれの能力を十分に発揮できる環境を整える」という考え方には合理性があると思います。

事実、私は日本企業で長く働いていますが、メンバーシップ型の仕組みの中にいるわけではなく、典型的なジョブ型の仕組みの中に身を置いています。組織内で双方が適切に運用されればよいのであって、どちらがベターという話ではないと考えています。