蟹の密輸がシノギのヤクザ

それから、おじさんを見かけるたびに煙草を差し入れるようになった。ただ、吸い終わった煙草をそのへんに捨てるおじさんを目撃してからは火事が怖くなり、贈答品は酒に変更した。夜の間にゴミが全焼でもしたら、たぶん私は死ぬ。

北海道で生まれたおじさんは、若い頃はヤクザだった。

シノギは蟹の密輸である。北海道から船で北上し、洋上でロシア船から蟹を引き取り、日本の裏ルートに流していたという。ただ、「あまりにも寒すぎた」という理由からヤクザを辞め、東京に出てきてからは土木関係の仕事をしていた。

駐車場の真ん中には90リットルのゴミ袋に詰められたおびただしい数の空き缶が積み上がっている。過去にどんなものか気になって空き缶拾いにトライしてみたことがあるが、こんな量を1人で集められるわけがない。

「この空き缶、1人で集めてるんですか」

「そうだよ。ずっと空き缶拾ってんだよ。歌舞伎町に行けば空き缶なんて腐るほどあるだろ」

この駐車場に出現するまでどうしていたかは知らないが、おじさんはやはりホームレスだった。歌舞伎町にあまたある飲食店と「空き缶引き渡し条約」なるものを結んでいるので、営業終わりの時間になると店の前に空き缶をまとめて置いておいてもらえる。それを深夜から朝方にかけて、おじさんが1人で私のマンションの前まで引きずってくるのだ。

地面師が暗躍している新宿区の駐車場。この後「閉鎖・売却済」の知らせが立っていて、ついに折れたかと思っていたけど、それすらも地面師の仕業だった模様(写真/著者提供)
地面師が暗躍している新宿区の駐車場。この後「閉鎖・売却済」の知らせが立っていて、ついに折れたかと思っていたけど、それすらも地面師の仕業だった模様(写真/著者提供)

おじさんは台車を3つ並べ、その上にメタルラックを何枚か敷き、結束バンドで繋ぎ合わせてひとつの大きな荷台にカスタマイズしていた。突然の雨で空き缶が入ったゴミ袋が濡れないよう、開いた状態のビニール傘を紐で固定している。

またある日は、駐車場で見知らぬ男がロボットのように一定のリズムでひたすら空き缶を潰していたので声をかけてみると、

「3日に1度バイトで来ることになったっす。よろしくっす」(見知らぬ男)

と、近所に住む生活保護受給者を雇っていたこともあった。

私が住んでいるマンションは今どき家賃の支払いが振り込みではなく手渡しである。下の階に住む老夫婦の大家に家賃を渡しに行くと、駐車場のことでノイローゼ気味になっていた。

やっぱり一番怖いのは火事である。得体の知れないホームレスの気まぐれで自分のマンションが全焼するかもしれないと考えると、当たり前だが気が気じゃないだろう。警察や新宿区にも相談しているが、駐車場の所有者と連絡がつかないのだという。