アメリカでウッドストック・フェスティバルが開催された1969年8月15日よりも1週間前、日本の岐阜県では「全日本フォークジャンボリー」が開催された。
日本での野外フェスの先駆けにもなった、このイベントの実現に向けて最初に動いたのは、当時、中津川市で訪問販売の仕事をしていた31歳のサラリーマン、笠木透だった。
1937年に岐阜県で生まれた笠木は、大学を卒業すると上京して出版社に入ったが、会社の空気や都会の雰囲気に馴染めず、退社して地元に戻り、新たな仕事に就いていた。
里帰りしたことで敗北感を感じていた笠木だったが、そんな日々の中で夢中になったのが、深夜にラジオから流れてくるフォーク・ソングだった。














