りりちゃんは、私の青春だった

「りりちゃん」と「りりヲタ」たちの関係は、ホストと客の関係では成立し得なかった「推し活」の〝理想郷〟のようにも見える。ホストと客である限り、「異性としてカレの一番になりたい」、さらには「交際したい」「付き合いたい」といった感情が入ってきてしまい、単純な「推し」という一言では済まされない。しかし「りりちゃん」のコミュニティは歪んではいるものの、まぎれもなく純度の高い「推し活」だったのではないだろうか。

しかし、それだけの蜜月を過ごしていたからには、りりちゃんの逮捕時にファンたちは多大なショックを受けたであろうことは想像に難くない。

私が、ぴろよ氏に当然のように「りりちゃんを助けるためのクラウドファンディング(多数の人から資金を募って事業を実現する仕組み)が始まったりなどの動きはなかったのですか?」と聞くと、ぴろよ氏は顔を曇らせ、こう言うのだ。

「そうはなりませんでした。逮捕の一報が出たら『マニュアル買っちゃった、どうしよう?』とか、『私も捕まるのかな?』とか、自分の身を案じるようなやり取りがあったくらい。逮捕前、頂き女子のオープンチャットには、数十人の『ヲタ』が残っていたんですけど、そこでの連帯は生まれなかったんですね。

販売されていた「マニュアル」 本人SNSより
販売されていた「マニュアル」 本人SNSより
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ただ、高齢頂き女子のXさんは違った。『りりちゃんが心配』と拘置所のりりちゃんにお手紙を送って交流したり差し入れしたり、りりちゃんが逮捕されてから1年後には、オープンチャットに『あの頃は楽しかったね』とメッセージを書き込んでいます。

だけどそれはレアケースです。そもそもみんなりりちゃんに対して『私が一番彼女を理解していて、彼女も私を一番理解している』って、思っていて。りりちゃんと自分の境目がどんどんなくなってきちゃっていた」

ぴろよ氏が続ける。

「ここに集まったコは、皆〝頂き〟をするコで、それぞれホストにハマったりと〝傷〟があった。りりちゃんにハマったコは皆、りりちゃんに〝傷〟を感じたのだと思います。私もちょうど、人生のすべてがうまくいかなかった頃で、そこで出会ったりりちゃんとマニュアルに『ここには正解がある』と感じた。

りりちゃんは、誰かの〝神〟になってくれる人だった。でも、ヲタ同士が連帯することは危うく、難しかった。逮捕されて、『頂き女子』が犯罪だと世間に知られるようになってしまってからは、りりヲタの連帯は崩れてしまったんです」

私はぴろよ氏の話を聞いて、渡邊被告が詐欺幇助の罪で捕まるきっかけとなった名古屋の女子大生のことを思い出していた。「頂き女子マニュアル」を参考にして、男性2人から約1000万円を詐取した彼女は、法廷で「りりちゃんをみんなから奪ってしまいました」と語り、全国紙社会部の女性記者との接見では「りりちゃんは、私の青春だった」と話したという。

彼女は「怒号ちゃん」というハンドルネームで「りりヲタ」の間では知られた存在だったそうだ。

渇愛: 頂き女子りりちゃん
宇都宮 直子
渇愛: 頂き女子りりちゃん
2025/7/10
1,870円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4093898119

「頂き女子」に迫った衝撃ノンフィクション

複数の男性から総額約1億5千万円を騙し取った上、そのマニュアルを販売し逮捕された「頂き女子りりちゃん」に迫った本作に大絶賛の声続々!

◎町田そのこさん
彼女が奪う側に戻らない道を考える。読んでいるときも、読み終えたいまも。

◎橘玲さん
すべてウソで塗り固められた詐欺師
家族や社会から傷つけられた犠牲者
彼女はいったい何者なのか?


―選考委員激賞!第31回小学館ノンフィクション大賞受賞作―

◎酒井順子さん
りりちゃんの孤独、そして騙された男性の孤独に迫るうちに、著者もりりちゃんに惹かれて行く様子がスリリング。都会の孤独や過剰な推し活、犯罪が持つ吸引力など、現代ならではの問題がテーマが浮かび上がって来る。
◎森健さん
今日的なテーマと高い熱量。とくに拘置所のある名古屋に部屋を借りてまで被告人への面会取材を重ねる熱量は異様。作品としての力がある。
◎河合香織さん
書き手の冷静な視点とパッションの両者がある。渡邊被告がなぜ”りりちゃん”になったかに迫るうちに著者自身もまた、”りりちゃん”という沼に陥り、客観的な視点を失っていく心の軌跡が描かれているのが興味深い。

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