戦争体験者に共感するだけでなく「なぜ戦争を防げなかったのか」という社会科学的分析が必要
川満 今、沖縄では、あいかわらず6月23日(*2)を前後にして、各学校で子どもたちが平和教育を受ける、というのが一つあります。具体的なやり方としては、沖縄戦の体験者を探して話を聞くわけです。ただ、体験者に話をしてもらう際に、体験者に無理強いをさせているな、というのを非常に感じます。
体験者というのは、あれだけの地獄絵図を自らの目で見て体験し、本当に肌で感じた人たちです。それを学校の授業として「45分とか60分でまとめてください」と言うわけですが、はっきり言ってムリですよ。
もちろん、中にはそれができる方もいて、その方たちを私たちは「語り部」と呼んでいますが、そういう方たちは、もともと学校の先生が多いんです。だから45分とか60分とかで、話のポイントとかを自分で作りながら淡々としゃべることができている。でもそういう人たちがもう、ほとんどいなくなっています。沖縄戦体験者はいまだに多いですが、自分の体験をうまくまとめてしゃべれる語り部は、非常に少なくなってきている。
だから今後は、沖縄戦を体験していない非体験者が自分で学びながら平和学習を率先していって、ポイントとなるところを戦争体験者の方にちょっと話してもらうという、そういう形が望ましいだろうと感じます。
琉球大学名誉教授の東江平之 さんは、終戦のとき14歳で、御年94歳になります。沖縄戦体験者で、(沖縄の少年兵部隊の)護郷隊で戦闘に立っていました。彼は私に、「戦争体験者がいなくなるということに対して戦争非体験者はどう思いますか? 戦争体験を継承する責任は戦争体験者ではなく、いつの時代でも戦争を知らない世代が感性と想像力をみがいて担うべきものです」ということを話してくれました。まさしくそのとおりだ、と今本当に実感しています。
*2:沖縄県慰霊の日。1945年のこの日に牛島満司令官が自決し、沖縄における大日本帝国軍の組織的戦闘が終結したとされるため。
林 今の平和教育についていうと、沖縄戦だけではなく日本における平和教育全般に言えることですが、体験者の証言に依存しすぎなのですよね。基本的に、体験者に共感し感情移入して「こういう体験を、戦争を二度と繰り返しちゃいけないですね」というところでまとめて終わってしまう。そういう平和教育が多い。
日本の場合、加害の問題はもう、ほとんど取り上げられません。もっぱら空襲の問題とか、日本人が被害を受けた問題ばかりです。そこでももっぱら体験者に語らせて、感情移入して「戦争は二度と繰り返しちゃいけませんね」で終わらせる。それをやっている限り、政治的にどういう立場に立とうと誰もが納得するというか受け入れるので、学校にしてみれば、誰からも反発を受けないで済む。ただ、そこには社会科学的な分析が欠けていると私は思います。
「じゃあ、なぜその人たちはそういう被害を受けたのか? 当時の政治や社会や経済などの仕組みはどうなっていたのか? どうしてそれを阻むことができなかったのか?」そういうことを、当時の社会のあり方を社会科学的に分析して、「なぜこうなったのか? 二度と繰り返さないためには、どこをどう変えないといけないのか?」という議論はしないんですね。
これは先ほどから言っている沖縄戦の見方と実は同じです。この間、日本社会全体が社会科学的な認識じゃなくて、ともかく「共感」とか「寄り添う」とかいうことだけで終わっている。
寄り添うということを私は全部否定するつもりはないのですが、寄り添いながらも一旦ちょっと突き放して、「何でこの人たちはこんなひどい目に遭わされたのか? なぜなんだろう?」ということを冷静に考えてみる、分析してみる、という思考がすごく大事だと思うのです。そういう訓練や教育が必要じゃないかと。ですから私は、その点も意識しながらこの本を書いてみました。
日本社会全体がもう基本的に今、感情優先になってしまっているので、そこは、同情とか共感をしつつも、冷静に分析し、人々に犠牲を強いた社会の仕組みなどをきちんととらえ、「どう自分は変えていけるのか?」「変えていくためには何をすればいいのか?」「自分には何ができるのか?」ということを考えるべきです。
そういう意味で、日本の平和教育は体験者の証言だけにずっと依拠し続けてきた。その問題が今あって「体験者がいなくなったらどうするのか?」ということも、わからなくなってしまっている。
川満 本当にそのとおりです。私たち戦争非体験者というのは、「なぜ戦争が起きたのか?」ということを調べることはできます。一方、戦争体験者の人たちは、「自分に何があったんだ」ということをしゃべってくれるわけです。だから、非体験者の俯瞰した物の考え方、見方と、体験者の「実際にこうだったんだ」という部分を、うまく組み合わせ、構成して、今の人たちにどうやってわかりやすく伝えていくかが大切だと思います。
その意味でも、戦争非体験者が大枠を作って、その中に戦争体験者のお話を入れていくという形にしたほうが、今の人たちに理解しやすいでしょう。
先ほども言いましたけど、戦争は始めてしまったら、もうダメなんですよ。止められない、本当に。だから、「新しい戦争への道」という言葉が出ている今こそ、「今じゃないと止められないよ」という認識をみんなと一緒に作らないといけないのです。