心臓の鼓動をとらえたレベル・ミュージック=レゲエの誕生に貢献

ボブ・マーリーは1945年2月6日、ジャマイカの山間部の小さな村ナイン・マイルズ(蛍の光くらいしか輝きがないような田舎)で生まれた。

父は英国系の白人、母は黒人という混血児。両親はすぐに別れたので、幼いボブは母親に育てられた。

12歳の時、生活と職のために母とともに首都キングストンへ移住。郊外の貧困街トレンチタウンで暮らしながら、ある日音楽を始めた。ボブにはそれが吹き溜まりから抜け出すための唯一の手段であることが分かっていた。

混血児というだけで拒絶されたりすることもあったようだが、どちらにも属する(あるいは属さない)ボブのアイデンティティは、多感な思春期に形成された。ラスタファリ運動に出逢ったのもこの頃だ。

1962年に『Judge Not』を初録音して国内でプロデビュー。しかし、レコードはまったく売れなかった。その後、バニー・ウェイラーやピーター・トッシュらとウェイラーズを結成。グループ名には嘆き悲しむ(=ウェイラー)町から来た連中という意味があった。ジャマイカは1962年8月に英国から独立した。

1964年、スタジオ・ワンで録音した『Simmer Down』が国内チャートで1位になる。ウェイラーズはそれからトップ10ヒットを連発していく。1966年はエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世がジャマイカを訪れたこともあり、ボブたちはラスタファリ運動により深く傾倒し始める。

『Judge Not』『Simmer Down』も収録されている、ボブ・マーリーの真実の物語を描いた、初の公認ドキュメンタリー映画のサウンドトラック『ボブ・マーリー ルーツ・オブ・レジェンド(2CD) [SHM-CD]』(2015年7月1日発売、UNIVERSAL MUSIC)。
『Judge Not』『Simmer Down』も収録されている、ボブ・マーリーの真実の物語を描いた、初の公認ドキュメンタリー映画のサウンドトラック『ボブ・マーリー ルーツ・オブ・レジェンド(2CD) [SHM-CD]』(2015年7月1日発売、UNIVERSAL MUSIC)。

だが、レコード会社の搾取もあってギャラは安く、とても音楽だけで食べていける額ではなかった。ウェイラーズは国外ではまったく無名だったのだ。

リタと結婚したボブは、仕事を求めて米国デラウェア州ウィルミントンへ移住。しかし、すぐにジャマイカに戻って今度は独立レーベル「Tuff Gong」を立ち上げる。プロデューサーにリー・スクラッチ・ペリーを迎え、心臓の鼓動をとらえたレベル・ミュージック=レゲエの誕生に貢献する。

そして1972年、黒人のロックバンドを求めていたクリス・ブラックウェル率いるアイランド・レコードと契約。ウェイラーズは録音費用として4000ポンドを受け取り、ジャマイカで吹き込んだテープをロンドンに送り返した。これが1973年にリリースされた世界デビュー第1弾『Catch a Fire』だった。

わずか半年後には第2弾『Burnin'』が発表されるが、英国や米国ツアーはアルバムの販売促進のためでギャラもほとんど入らず、クリスとも確執が絶えなかったバニーとピーターは正当な評価を求めて脱退。オリジナルのウェイラーズは解散する。

ボブ・マーリー、バニー・ウェイラー、ピーター・トッシュの3人が揃った最後のアルバムとなった『Burnin’ [LP] [輸入盤][UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤][1LP]』(2023年4月20日発売、UNIVERSAL MUSIC)
ボブ・マーリー、バニー・ウェイラー、ピーター・トッシュの3人が揃った最後のアルバムとなった『Burnin’ [LP] [輸入盤][UNIVERSAL MUSIC STORE限定盤][1LP]』(2023年4月20日発売、UNIVERSAL MUSIC)