「人を殺せば罪悪感で自殺できると思った」
2022年1月15日、都心は朝から冷え込み、空はうっすら雲がかかっていた。午前8時半ごろ、高校3年だった女性は大学入学共通テストを受けるため、会場の東京大に向かって歩いていた。セーターにジャンパーを重ね着し、マフラーを巻いて寒さ対策は万全だった。
キャンパス前で突然、体に衝撃を感じた。走り去る学生服姿が見えた。リュックサックと服を貫通するほどの力で背中を刺され、その場に倒れ込んだ。
女性を含む3人に対する殺人未遂などの疑いで逮捕されたのは、名古屋市内の進学校に通う少年。法廷では凶行に及んだ理由を「人を殺せば罪悪感で自殺できると思った」と語った。何にそこまで追い詰められていたのか。
法廷供述によると、少年は中学2年の頃、世界で活躍する医師をテレビ番組で見て憧れを抱いた。好きな漫画などを断って勉強にのめり込み、呼応するように成績は伸びた。3年時に学年で1桁台の順位をとり、通っていた塾から愛知県外の進学校の受験を勧められた。これが結果的にターニングポイントとなった。
県外高はすべて不合格で、県内の進学校に通うことになった。塾の仲間は全員が一緒に受けた県外の高校に受かっていた。
「自分だけ落ちたという醜態、失態が許せなかった。汚名返上、名誉挽回をしたいという気持ちになった」。医学部に進む東京大理科3類の合格を自分に誓った。
「理3に行く」。高校入学時、少年はクラス全員の前で宣言した。当時のクラスメートは「ひとりひとりに使っている参考書を聞いて回っていた。印象に残っている」と振り返る。休み時間も勉強していたという。
2年に進級した頃、睡眠は2時間ほどになっていた。起きているほとんどの時間は勉強に充てた。眠くなったときはカッターナイフなどで自分の体を傷付けた。
周囲も同じように受験勉強に力を入れだすと学内の順位はみるみる落ちた。勉強しても一向に上がらない。両親や担任は志望校の再考や文系への転向を促した。その方がいいと頭で理解しつつ「理3を諦めたら周りに負け犬だとばかにされる」と考えた。