「買ったつもりもないのに次々と苦労に襲われるんです(笑)」 

戦後 GHQ の支配の下で言論までも統制されていく中、こざかしい日本の大人たちは保身と出世欲で同胞の遺体を平気で人体実験用に差し出すが、ゲンは、臆さず不条理に怒り、正論をぶつける。それは政治的な反米思想などではなく、7歳で父を亡くした体験から得た、不条理を放置せず真っすぐに生きる考えに根付いたものであった。

中沢は、文科省やアメリカに向かって筋の通った主張を続けた新井にゲンの姿を見たに違いない。新井は今、振り返る。

「若い頃の苦労は買ってでもしろと言われますが、僕は特に買ったつもりもないのに次々と苦労に襲われるんです(笑)。でも選手会の会長は本当にやって良かったと思います。しんどかったですけど、あれほど社会人として勉強になった経験はありません」

大学時代はエリートとは程遠く、打率.241、本塁打2本でドラフト6位での入団、FA で阪神移籍後は、地元のファンから手ひどいバッシングを受けた。そして選手会会長の任期中に起きた未曾有の大震災と原発事故、さらには WBC を直前に控えた米国との待ったなしの交渉。

それでも新井はこの2011年に初の打点王を獲得している。激務が続き練習どころか、睡眠もろくに取れないシーズンだったが、「選手会の仕事を不振の言い訳にしたくなかった」。

踏まれても踏まれても真っすぐに。新井は麦になった。

写真/共同通信社
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取材・文/木村元彦  

労組日本プロ野球選手会をつくった男たち
木村 元彦
労組日本プロ野球選手会をつくった男たち
2025/11/6
2,200円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4797674712

初代会長の中畑清、FA制度導入の立役者・岡田彰布、球界再編問題で奮闘した古田敦也、東日本大震災時に開幕延期を訴えた新井貴浩、現会長の曾澤翼など歴代選手会長に聞く、日本プロ野球選手会の存在意義とは。

2025年現在から40年前の1985年11月に設立された「労働組合日本プロ野球選手会」。
一見、華やかに見える日本プロ野球の世界だが、かつての選手たちにはまともな権利が与えられておらず、球団側から一方的に「搾取」される状態が続いていた。そうした状況に風穴をあけたのが「労働組合日本プロ野球選手会」であった。大谷翔平選手がメジャーリーグで活躍する背景には、彼自身の圧倒的な才能・努力があるのは言うまでもないが、それを制度面で支えた日本プロ野球選手会の存在も忘れてはならない。
選手たちはいかに団結して、権利を獲得していったのか。当時、日本プロ野球の中心選手として活躍しながら、球界のために奮闘した人物や、それを支えた周りの人々に取材したスポーツ・ノンフィクション。

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