胃の全摘出をした患者の術後
がん研有明病院時代に私が調べたところでは、胃をすべて切り取る「胃全摘」の次に体重減少率が大きかったのは、胃を60%も残すことができる「噴門(ふんもん)側胃切除」でした。
噴門とは食道とつながる上方部分のことを言います。噴門側胃切除では、グレリンを分泌する胃穹窿部も一緒に切除してしまい、グレリンが分泌されなくなってしまいます。食欲が維持できず、体重減少につながってしまいます。
一方、残る胃は30%ほどと、胃の下部を大きく切除する「幽門(ゆうもん)側胃切除」や、胃穹窿部の餃子くらいの大きさしか残らない「亜全摘」(20%程度しか残らない)のほうが、切除部分は大きいものの、グレリン分泌の場所である「胃穹窿部」には手をつけないため、体重減少はわずかでした。
胃の大部分を切除したとしても、「胃穹窿部」を守り、食欲を守る手術方法が、「食べる」を守ることにつながることがわかりました。
当時、胃全摘手術を受けた患者さんのその後を調べると、あるデータに驚きました。
目下ステージⅠの胃がんの5年生存率は97・4%ですが、胃全摘をした85歳以上の患者さんでは、5年生存率が約60%まで低下していました。しかも、そのほとんどは胃がんではなくて、心臓病や脳梗塞など、他の病気が原因で亡くなっていたのです。
食べることに障害が生まれる
どうしてこのようなことが起こっていたのか。
私たちの研究でわかったのは、胃を全摘した患者さんは、グレリンを分泌する胃上部が切り取られてしまったことで、食欲増進ホルモンであるグレリンが分泌されなくなり、食べることに障害が生まれるということでした。
食欲不振や、味覚障害があらわれ、食べられる量が激減し、体重も筋肉量も減ってしまいます。体重が15%以上、筋肉が5%以上減少してしまうと、術後の抗がん剤治療は続けにくくなります。
さらに、胃全摘をすると低血糖を起こしやすくなり、心身をリラックスさせて身体の修復をうながす副交感神経が上手くはたらかなくなっていることもわかりました。十分な休息がとれないと、心臓の動きが悪くなり、血管が詰まる病気で亡くなるリスクが高まります。
胃がん手術の技術自体は年々進化していますから、高齢の方でも、栄養状態や体力が良好であれば、安全性に問題はありません。しかし、できるならば胃全摘は避けたほうがよいというのが私の結論です。
全摘するのではなく、胃のグレリンが分泌される部位を餃子ほどの大きさだけでも残すと、患者さんの術後の生活の質はまったく変わってきます。
文/比企直樹 写真/shutterstock