麻理恵さんの転機となったベストセラー本
そんな麻理恵さんが大きな転機を迎えたのは中学生のときです。当時ベストセラーとなっていた『「捨てる!」技術』(辰巳渚/宝島社新書/2000年刊)を読み、衝撃を受けたのです。
それまで彼女が見聞きしてきた片づけ法はどれも、いかに収納するかに重きが置かれていた。ところが『「捨てる!」技術』ではその書名どおり、収納うんぬんではなく、とにかく捨てることを高らかに推奨していたのです。
そこには「とりあえずとっておくは禁句」「〝いつか使うこと〟は絶対にない!」「後ろめたさのない捨て方」といった数々の指南が記されている。
モノを捨てないことを美徳としてきたこれまでの価値観は誤りであり、〝もったいない〟という発想こそ捨てよう。それがその本のコアメッセージでした。
そんな視点は彼女にとってまさに盲点そのもの。深く感銘した彼女は本を読み終えるやいなや、ゴミ袋を手に五畳半の自分の部屋にこもります。
着なくなった衣服。遊ばなくなった玩具。かつて集めていたシールや消しゴム。もう開くことはないだろう古い教科書。あれもこれもどんどん捨てていきました。そうして数時間後、気づくとその量は実にゴミ袋8袋以上になったそうです。
そこで彼女は2つの大きなショックを受けます。ひとつは、日々片づけをしていたはずなのにその実、不要なモノを山ほど溜め込んでいたという事実。
そしてもうひとつは、たかが数時間、「捨てる」作業を集中的にやっただけで、部屋の風景がガラリと変わったこと。床の余白が増え、漂う空気には軽さを感じ、自分の心のなかもすっきりしている。空間だけでなく、自分の意識まで一変していたのです。
片づけとは、単なる片づけではない──。麻理恵さんは片づけの真の力をまざまざと実感しました。そしてその日を境にさらに片づけにのめり込んでいきます。
周囲に惑わされず、いかに自分の大切なモノだけを残していくか。いかに手際よく部屋のなかを一気に整理していくか。その手法とマインドを追求する日々がはじまったのです。
片づけは、人の意識や生活を劇的に変えます。一気に片づければ、結果は目に見えてあらわれる。すると、そのいい状態を維持しようという片づけの基本精神があなたに宿るのです。
リバウンドという「定説」は幻想にすぎません。一度その爽快感を味わったら、「二度と散らかさない」とみずから誓うことになります。片づけはいつかは散らかって元に戻るもの。リバウンドするもの。その呪縛のような定説こそ、いちばんに捨てるべきものなのかもしれません。
文/川原卓巳 写真/shutterstock