中島みゆきのロック・スピリット
そんな中島みゆきの歌で、歌い出しの1行目の歌詞で驚かされると同時に、心のなかで快哉をあげたことを覚えている。
1979年にリリースされた中島みゆきのアルバム『親愛なる者へ』に収録された、24時間営業の飲食店を舞台にした『狼になりたい』だ。
「夜明け間際の吉野屋では」と始まるこの曲を、初めてNHKのスタジオで聴いたのは、アルバムが発売になる直前だった。
日本にもついに一幕物の舞台劇、それもリアルな現実を描いて歌えるシンガー・ソングライターが登場してきた。そう思ったのだった。
牛丼屋チェーンの店内における情景描写と、居合わせた客の心象風景、そこにある鬱屈や屈折。それらを自分の心のなかで語ったり、あるいは登場人物の代わりにつぶやいたり……そんな言葉の断片が、中島みゆきの歌声で綴られていく。
歌詞のイメージをふくらませる石川鷹彦のアレンジは、包容感と緊張感があって、サウンドも印象に残るものだった。
NHK-FMで月曜から金曜の夜10時台にオンエアしていた『サウンドストリート』という音楽番組でオンエアすると、リスナーからのハガキで「心を撃ち抜かれた」とか、「頭をぶっ叩かれたようです」といった反応が寄せられた。
主人公の心の奥で溜まっていく不満とやるせない気持ち、「みんないいことしてやがるのに」という妬みが募ってくる。そんな気分を抱えたまま抑え込んで、それでも日々の暮らしを続ける人々。
唐突に「ビールはまだかぁ!」という言葉が店内に響く。吐き捨てるようなその怒声からは、中島みゆきのロック・スピリットが感じられる。
一瞬だけ想像のなかで思い浮かべる、希望的な未来。
そんな束の間の明るさもまた、「どこまでも」という言葉を4回も繰り返すうちに、どうしようもないあきらめに覆われていく。
中島みゆきは日常で使われる話し言葉と字数がふぞろいの歌詞で、主人公の内面だけではなく、登場人物一人ひとりの気配まで感じさせて歌っている。
理不尽で酷薄な社会が、そこから否応なく顏をのぞかせてくる。プロテストソング、ボブ・ディラン、谷川俊太郎、中島みゆき。そして現在の若きシンガー・ソングライターたち。
“音楽の繋がり”はこれからも続いていく。
文/佐藤剛 編集/TAP the POP サムネイル/『ここにいるよ【通常盤】』(2020年12月2日発売、株式会社ヤマハミュージックコミュニケーションズ)
<引用元・参考文献>
『プロテストソング』小室等・谷川俊太郎著(旬報社)