消費者が求める“ちょうど良い”車

怪しげな低速EVと、まっとうなEVは別物と想われる方もいるだろう。だが、実はそうではない。両者をつなぐ存在があるのだ。

2021年から始まった中国EVの爆発的成長、その初期のエースとなった車種が宏光MiniEVだ。上汽通用五菱汽車というメーカーが製造する小型EVである。2020年夏に発売されると、3万元(約60万円)を切る低価格と、価格以上の品質というコストパフォーマンスの高さが評価され、爆発的な人気となった。

宏光MiniEV
宏光MiniEV

最速時速は100キロほど。航続距離は公称170キロだが、エアコンをつけたり坂道を走ったりすればカタログスペックの6割程度しか走れない。なんともチープだ。

一見すると、「安かろう悪かろう」の産物にも見える。だが、実は狙い澄ましたマーケティングのたまものだ。キャッチコピーは「人民的代歩車」(人民のモビリティ・スクーター)。

代歩車とは高齢者や障害者向けの大型電動車いすを指す。近場の通勤や子どもの送り迎え、買い物といった日常用途にフォーカスし、必要十分な性能に抑えることで衝撃的な低価格を実現した。

設計面でも割り切りが目立つ。モーターはあえて最大出力の70%程度しか出さないようになっている。そうして発熱を抑えたことによって、シンプルで安価な冷却装置を採用できた。

エアコンはたいして冷えないが電力消費を少なくする。既存の自動車部品を多数流用することでコストを抑える。バッテリーを長持ちさせる回生ブレーキや高速充電は採用しない。

こうした工夫を積み重ねることで、消費者が求める“ちょうど良い”車を低価格で実現したわけだ。

北京のスモールEV警察車両 写真/shutterstock
北京のスモールEV警察車両 写真/shutterstock
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中国ではドイツの自動車区分にならい、乗用車は小さいサイズからA00級、A0級、A級、B級……と分類されている。宏光が属するA00級はホイールベース(前輪車軸と後輪車軸の間の距離)が2~2・2メートル。ガソリン車だとミニクーパーやフィアット500と同じカテゴリとなる。実はこのA00級EVは中国EV販売急拡大の立役者とも言える。

一世を風靡したA00級だが、現在ではすっかり下火になってしまった。2022年以降のトレンドはA級に移り、そして2024年にはB級が売れ筋になっている。EVの価格下落に伴い、「せっかくならもっとでっかい車を買っちゃおう!」という流れになっているわけだ。

二輪から三輪、低速EV、小型EV、そしてもっとでっかい車へ。コストダウンとともに中国電動モビリティは大型化している。このような視点でとらえると、世界を圧倒する中国EVの台頭、その助走は自転車から準備されたものだったと言えるのではないか。

写真/shutterstock

ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界
梶谷 懐 (著), 高口 康太 (著)
ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界
2025/1/17
1,210円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4166614813

「2020年新書大賞」にランクイン
『幸福な監視国家・中国』の著者2人による第2作目!

不動産バブルが崩壊し、今世紀最大の分岐点を迎えた中国経済。
このまま衰退へと向かうのか、それとも、持ち前の粘り強さを発揮するのか?
『幸福な監視国家・中国』で知られる気鋭の経済学者とジャーナリストが、ディープすぎる現地ルポと経済学の視点を通し、世界を翻弄する大国の「宿痾」を解き明かす。

◎「はじめに」より

中国経済に関する書籍はしばしば、楽観論もしくは悲観論、どちらかに大きく偏りがちである。
そうした中で本書の特徴は、不動産市場の低迷による需要の落ち込みと、EVをはじめとする新興産業の快進撃と生産過剰という二つの異なる問題を、中国経済が抱えている課題のいわばコインの裏と表としてとらえる点にある。
なぜなら、これら二つの問題はいずれも「供給能力が過剰で、消費需要が不足しがちである」という中国経済の宿痾とも言うべき性質に起因しており、それが異なる形で顕在化したものにほかならないからだ。
「光」と「影」は同じ問題から発しているのだ。

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