突然の引退宣言、そのワケ

席に着くと、まりてんさんが「酸辣湯麺」と「空芯菜炒め」を頼むというので、同じものを頂くことにした。

──まりてんさんは、酸っぱいものがお好きなんですか?

そうですね。酸辣湯麺とか、トマ玉ラーメンとか好きですね。仕事終わりの疲れてるとき、酸っぱいものって体に染みますよね。

酸辣湯麺のスープを飲むまりてんさん
酸辣湯麺のスープを飲むまりてんさん

──今日は1日お疲れ様でした。とてもストイックなことが伝わってきました。いつまでこの調子で走り続けるのでしょうか?

実は、今年の6月に風俗嬢として働くことは引退しようと決めてるんです。

──え、どうして引退を……?

もう34歳という年齢もあって、体力的にきついなぁというのが一番の理由ですね。風俗嬢の仕事って、アスリート的なところがあると思うんです。年齢を重ねるにつれて、接客のクオリティが保てなくなっているというのが正直なところですね。

──接客のクオリティが以前よりも下がっていると。

そうですね。30歳を越えた辺りから、だんだんと自分が精神的に健康になってきて、昔ほど他人を巻き込んで引っ張ってゆく力がなくなってると痛感してます。

──精神の不健康さが、接客のクオリティに繋がっていたのですか?

精神的に不健康であることが、爆発的な力を生むことってあるじゃないですか? 昔は「自分よりお客さんの心に踏み込んでいける人なんていなくない?」と本気で思っていました。でも、最近はそうは思えてこなくなりました。

──その考えは、どう変化してきましたか?

昔は、自分の居場所がほしくて自分のためにやってきたことを「これはお客さんのためだ」と本気で勘違いできていたのですが、最近は、自分のために生きることも大切だという気持ちが強くなってきて……。

──どんなときにそう思いますか?

例えば、こうして誰かとご飯を食べるとき、自分が好きな食べ物を選ぶということが苦手でした。最近は、自分の好き嫌いを優先して伝えることができるようになってきました。

自分が好きな酸辣湯麺と空芯菜炒めを食べるまりてんさん
自分が好きな酸辣湯麺と空芯菜炒めを食べるまりてんさん
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──それはとてもよいことな気がしますが。

自分のことを大切に思うこと自体はいいことだと思うけど、そうすると対人関係のスピード感はどうしても落ちるし、自分がつまらない人間になってきてるなとも思いますね。

──不健康であったとしても、また爆発的な力が欲しいと思いますか?
精神的に不健康であることは再現しようとしてできることではないから、目指しようがないですね。もうあの頃に戻れないことは、ちょっと寂しいなと思いますけど。

──本人がそう思ってるとはいえ、まりてんさんが引退することを寂しく思うお客さんは多いと思います。その点については、どう折り合いをつけてますか?

うーん。それはもう大丈夫だと思ってます。だって、私のお客さんは私がいなくなったとしても、ちゃんと自分で生きていけるからね。

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取材・文・撮影/山下素童

〈プロフィール〉
まりてん

1990年愛知県生まれ。妹が亡くなった影響で母親が新興宗教に入信したことで、娯楽や交際が制約されていた、いわゆる「宗教2世」。2009年、美術大学のデザイン学部へ進学。大学4年生の冬にデリバリー・ヘルス店に入店し、3ヵ月キャストとして勤める。2013年、美術大学を卒業し、広告制作会社にWEBデザイナーとして就職。3年半で退社。2016年、25歳の時に激戦区東京・池袋にて風俗店を立ち上げる。池袋西口ホテル街を中心にデリバリー・ヘルスを運営。2019年3月、経営のストレスから自殺未遂。休養後に大手事業会社に中途社員として就職し、WEBプランナーを務める。2020年より風俗嬢に復帰し、傍らYouTubeチャンネル『ホンクレch‐本指になってくれますか?‐』を開設。現在登録者23万人突破。

『聖と性 私のほんとうの話』
まりてん
『聖と性 私のほんとうの話』
2025年1月17日
2420円(税込)
176ページ
ISBN: 978-4065384411
ミスヘブン全国1位!数奇な半生を送ったカリスマデリヘル嬢がはじめて明かす宗教2世、男性観、マーケティング、プロモーション術! 日本最高給の風俗嬢のお仕事は「心の接客」だった――。 なぜ男たちは彼女に惹きつけられるのか? 「まりてん」の秘密のすべてがここにある。 とくにいまの世の中では、ネットリンチのように、「やらかしてしまった人」に対するまなざしが厳しすぎると感じています。清廉潔白さばかりを求められる世情ではありますが、人間らしさとは本来、矛盾を抱えてこそのものではないでしょうか。その人間らしさに触れることができる風俗のお仕事(=とくにピロートーク)が私は好きでたまりません。 過去にいろいろなインタビューを受けてこういう話を繰り返していると、記事につくコメントには決まって「この仕事が楽しいなんて病んでる」と書かれます。 そもそも100パーセント心身ともに健康な人間なんているのでしょうか? 病的な部分こそ人間らしさであり、愛おしいのに。その愛おしさは宗教に馴染めなかった自分を肯定してくれるものだからこそ、なおさらなのかもしれません。 (本文より)
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