ひきこもりの経験は資産だ!
カウンセラーの仕事をしながら30代半ばでライタースクールに通い始めた。「表現力を磨いていけば周りに理解してもらえるのではないか」と思ったのだ。
事務局の人に「ひきこもりのことを発信してみたい」と伝えたところ、『ひきこもり新聞』、『不登校新聞』(24年に終了)という媒体につながりができて、自分の体験談などを書いた。
記事を書くとクレジットが残るので、編集者に名前を覚えてもらえる。少しずつ理解者が増えて、ひきこもりの家族会が発行する雑誌でもインタビュー記事などを書くようになった。
ただし、ひきこもり関連の媒体で記事を書いても、食べてはいけない。瀧本さんは、貸し会議室の管理の仕事をはじめ、いろいろなアルバイトをして生活費を稼いだ。
「バイトは信頼できる人の紹介だったので、ほぼ顔パスでした。ひきこもりでも特別視されず、むしろユニークでおもしろいと言われました」
ひきこもった話をあちこちで発信していたら、「おもしろいから講演をしてみたら」と勧められた。今では年に数回、ひきこもりの家族会や自治体などに招かれて、経験を話している。
「僕は、ダメダメな弱い部分を最初からさらけ出すんですよ。だから、瀧本裕喜という名前は忘れても、体重計のエラーとかババを引いた話、『どうして裸なの?』という話をした人だと覚えてもらえる(笑)。
親御さんからは『安心した』とよく言われます。ひきこもりから立ち直った直後の写真を見せると、『うちの子はここまでひどくない』って(笑)。
今までマイナスだと思ってモヤモヤしていたことが、話のネタや人とつながるきっかけになるんですね。瀧本さんは面接に落とされ続けたから、発想がユニークなんですねと言ってくれた方もいます。
おかげで、ひきこもりの経験は恥ずかしい黒歴史ではなく、資産なんじゃないのと発想を転換できたんです」
理想のタイプは絶滅危惧種⁉
昨年から力を入れているのは、自分がピアノを弾く動画をYouTubeにアップすること。
その動画を観てコンタクトしてくれた人にインタビューして、「悩んだときの自分との向き合い方」など、生きるヒントにつながる記事を書いてみたいという。
「ピアノを弾くと、普段は知り合えないような人と仲よくなれるんですよ。ショパンコンクールで審査員をしている先生とは、弾き合い会でつながりました。
ひきこもり関係にいると希少価値がないけれども、ピアノが弾けるひきこもり経験者は、一般社会ではレア枠なので、サクサクと交友関係がつながるんです。バイトの面接は通らなかったのにね(笑)」
目標に向かって着実に進む瀧本さん。「あとは結婚ですね」と言うと、「こんな僕を受け止めてくださる方がいれば」と謙虚に答える。
「でも、母には裕喜の理想のタイプは心が透明で知性があって奥ゆかしい絶滅危惧種のような人だよねって茶化されますが(笑)」
〈前編はこちらから『祖母の呪言で7年間、自宅にひきこもり…「それが僕の最大の社会貢献だと思った」44歳男性の孤独な戦い』〉
取材・文/萩原絹代