Addiction(依存症)の反対語はConnection(コネクション)=つながり

「なぜ、自分で抑止がきかず飲酒してしまうのか。根底には子供時代のつらい体験があるのではないか。自分の中にずっとあるつらい体験、それを薬物が緩和してくれる。つまり依存症の本質は薬物から得られる快感ではなく、人が内に秘めた苦痛の緩和なのではないか。薬物依存の患者さんと向かい合っていると、『なるほどそうだ』とこの説にうなずけます」

顕著な例を挙げれば、子供時代に受けた虐待やDVやネグレクト等、心的外傷の苦痛。それらを薬物で紛らわし、一時的に苦痛を遠ざける。薬物依存症者にそんな心理が横たわっているとするなら、薬物を抑止できない理由もうなずける。

覚せい剤等の薬物に対する厳罰制度にも、松本医師は批判的である。

「薬物依存症者の拘束は意味がありません。厳罰化は薬物使用を隠すことにつながり、患者の医療へのアクセスを妨げます。2023年6月、国連人権高等弁務官事務所は『薬物問題の犯罪化は当事者を孤立させ、医療とのつながりを断ってしまう。
排斥されている人たちが、ますます偏見にまみれ、社会の片隅に追いやられてしまう、即刻やめるべきだ』と、声明を出しました」

厳罰制度に一石を投じるかのように、松本医師たちのグループは、2006年にSMARPP(スマープ)というグループ治療のプログラムを考案した。2016年には診療報酬加算の対象になっている。

このプログラムの主眼は、患者の多くが自助グループにつながることを目的としている。そして一番の特徴は〝安心して覚せい剤を使いながら、更生できるプログラム〟であるという点だ。

松本医師は言う。「これまでの『やめなければダメだ』というプログラムでは、患者が医療機関に来なくなってしまう。依存症の患者に共通して言えるのは、『やめろ』と言って、やめる人はいないという現実です。薬物の依存症は治療を長く続けた人ほど、成績が上がるという研究結果が得られています。薬物依存症の治療は継続がすべてです。薬をやりながらでも、諦めずプログラムに通い続ける。それによって薬を断っていく」

近年、「依存症」という言葉が流行語のように氾濫しているが、

「『依存症』という言葉には、人の行動を監視し、コントロールしたい思惑が隠れている気がします。子どもが寝食忘れて勉強していても親は騒ぎませんけど、それがゲームだったら『病気』だと決めつけたがる。
すぐに『依存症』だと、決めつける世の中はよくないと僕は思っています。すでにお話ししましたが、人間は依存症的なものを持ちながら生きている。度を越した依存に対してはサポートが必要ですが、『覚せい剤を1回やったら人生終わり』『アルコール依存症者は人格破綻』という社会より、『薬物依存の人の気持ちもわかるし、回復の方法もあるんだよ』と、広く世の中に知れ渡ったほうが、よりいい社会になると僕は思いますね」

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最後に松本医師は、依存症に取り組む米国のジャーナリストの言葉を引用する。

「英語で依存症はAddiction(アディクション)、これの反対語は何でしょうか。Sober(ソバー)=シラフ、Clean(クリーン)=薬を使ってない状態、そうじゃないよね。
Addictionの反対語はConnection(コネクション)=つながり。人とのつながりがないほど依存症になりやすいし、依存症になるとますます孤立してしまう。
薬をやめることを強調する前に、薬物依存症者を孤立させない、自助グループにつながることができる社会的な環境作り、それが大切なんだと思います」

協力/国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長 同センター病院薬物依存症センター長 松本俊彦さん
文/根岸康雄
写真/shutterstock

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